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第49話
「大っぴらにのろけるあたり、私生活が充実している証拠ですね。セクシュアリティを公言していることといい、田所さんは確固たる信念に基づいて行動してカッコいいですね」
「望月ちゃんこそ知的な見た目を裏切る底抜けのお人好しぶりがキュートで、浮気は絶対にしない主義を返上して口説きたくなるくらい魅力的だけどな。そうだ、例の悩める知り合いは、その後どうしてる」
「予測不能の言動に振り回されっぱなしで頭の中がぐるぐるして大変……だそうです」
泥縄式と承知の上で伝聞めかすと、からかうような色をベースに慈愛に満ちた眼差しを向けられた。
望月が傘を傾けて顔を隠すと、
「よし、善良な会社員を手玉にとるドンファンのツラを拝みにいこう」
田所がエイエイオーと傘を突き上げ、その結果、会社帰りにつれだって山岸の勤め先に偵察にいく話になった。望月はもちろん、
「スパイごっこに興じる年じゃないし、行きませんったら、行きません。第一、彼に見つかったら気まずいじゃないですか」
断固として拒んだものの、後学のため云々かんぬんと言い負かされてしまった。そして夜を迎えて、今しも美容院の手前数メートルの地点に迫ったところだ。
予約が殺到するほどの人気店というだけのことはある。八時をすぎてもすべてのセット台が客で埋まり、熱気が伝わってくるようだ。
望月と田所は、ひとまず帽子屋とカフェに挟まれた路地に身をひそめた。張り込むのにうってつけの場所で、そこからだと鋏を操る山岸の姿を通りに面した窓越しに観賞……もとい観察しやすい。
ただし雨あがりのアスファルトは凍てつくようで、足下から寒気が這いのぼってくる。
望月はホットの缶コーヒーを二本買い、カイロの代用に、と一本を田所に差し出した。指がかじかみ、両手で缶を持つとため息がこぼれる。田所の横顔は好奇心に輝き、こう言っては語弊があるが、野次馬根性が発達しているうえにお節介な方向にフットワークが軽い。
ストーカーまがいの行動に出たのが山岸に知られたら、きっと軽蔑される。
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