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第50話
望月は路地から通りに、なかば出かかった。
「覗き見なんて悪趣味です。帰りましょう」
「急かさない、急かさない。問題のケダモノ系は、どの美容師なんだい」
「向かって右から三番目のセット台で男性客のカットをしてるスタイリストです。紺色のプルオーバーにジーンズ姿の」
「華のある子だな。大の男を犯したと聞いて、もっとゴツいタイプを想像していたんだが」
望月は仏頂面でうなずいた。缶コーヒーをひと口すすれば、好きな銘柄のそれが今夜はやけに苦い。酔いつぶれていたところを襲われたためになす術もなかった、というのは言い訳にならない。死に物狂いになって抵抗すれば山岸を撃退できたはずで、彼に全責任をおっかぶせるのは卑怯だと思うのだ。
「結論。あの彼は案外、知り合いに一目惚れして無茶をやらかしたのかもな」
「ありえません。同意しかねます」
一笑に付して缶コーヒーを飲み干した。現時点では、確かに山岸は望月にかなりの興味を抱いている節がある。ただし、それは流行の音楽や日本初上陸のスイーツに関心を持つのと同程度のものに違いない。
要するに山岸は摑み所がなさすぎる。判断材料がとぼしい状態で山岸の気持ちを忖度するなど、素人がひよこの雌雄を見分けること以上に難しい。
その山岸は、別の客の髪をブロウしだした。夜間の窓ガラスは鏡と化したように店内の様子をくっきり映し出して、そのぶん表の景色は見えづらくなるものだ。
なのに望月が敏捷な身のこなしにうっとりと見蕩れたせつな、視線がからんだ。
あれは幻覚なのか、と訝しむふうに山岸はロールブラシを持った手で瞼をこすった。一拍おいて白い歯をこぼすと、いちだんとしなやかな手つきでドライヤーを扱う。ステップを踏むように軽やかな足どりが、テンションがあがったと物語る。
ところが今いちど表を眺めやり、望月の隣に田所の姿を認めたとたん、プレゼントと偽って汚物を渡されたとでもいいたげに顔をしかめた。
危惧したとおり軽蔑された。望月はコートの衿をかき合わせ、伏し目がちに歩きだした。
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