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第52話

「彼女、同僚のアミちゃん。彼は望月さん」 「はじめまして。山岸くんには、えっと……ひとかたならぬお世話になっております」 「年下に敬語とかって、なくないんじゃないですか? ヤダな、緊張しちゃいます」 「望月さんはマジメキャラなの」  ねっ? と相槌を求めてくる一方でアミのコートをハンガーにかけてあげるさまに、望月は顔がひきつるように感じた。 「シメはチャンポンで塩ちゃんこを三人前。アミちゃんはいつもの杏サワー? 望月さんもおかわりだよね。生中をふたつ……」  ? 望月は、おしぼりをぐしゃりと丸めた。しょっちゅう飲みにいくくらい仲よしなのか、この小娘と。  乾杯、と山岸がジョッキを掲げた。アミがグラスをくっつけ、望月も負けじとジョッキを触れ合わせようとすれば、山岸がするりとジョッキを下ろしたために空振りした。 「アミちゃんはアシスタント三年目か。来年はスタイリストに昇格したいね。俺、特訓したげるから一緒にカットの練習しようよ」 「無理無理、スタイリストになるのに最低五年かかるうちの店で、四年弱でアシスタントを卒業した透真先輩は別格なんです」  これでは望月は会話に入っていけない。はなっから、ミソッカス扱いだ。ぶすったれるな、と言うのが無理な話で、お通しの白和えをもそもそと食べる。  同僚だかなんだか知らないが他人をつれてくるなら、その旨、事前にひと言あってしかるべしなのだ。それに〝特別に呼び捨てにしてもいい〟などと、ほざいた舌の根も乾かないうちに、 「透真先輩のカットの巧さは神ってます」  誰にでも名前で呼ばせているじゃないか。  何より苛立つ点は。アミが事あるごとに山岸の腕やら肩にタッチするさまに神経を逆なでされどおしだ。だいたい山岸は、なぜアミと並んで腰かける。お嬢さん、先輩と慕うそいつの正体は強姦魔です、とぶちまけてアミを追い払いたい衝動に駆られるほどだ。  ぐつぐつと鍋が煮えはじめて、ふくよかな香りが漂う。山岸は鍋奉行ぶりを発揮して、竹筒に入ったイワシのすり身をヘラでこそげて鍋に落とし、こまめに灰汁(あく)を掬う。 「貧しい食生活送ってるんじゃないの。せいぜい栄養を補給していきなよ」  そう言って魚介類と野菜をバランスよく取り鉢によそい、望月の前に置く。浮上したのもつかのま、アミにも同じサービスがなされると、望月の心はヤスリをかけられているようにざらざらする。

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