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第57話

   などと思考が変な方向に向かいながらも、柔和な表情をキープしていた。服装にしても大奮発したセミオーダーのスーツ姿だ。  それが功を奏してか、どの女性もにこやかに接してくれるが、見た目が垢抜けたのがひと役買っているなら陰の功労者は山岸で、それがまた面白くない。  ともあれ、ひとりにつき自己紹介に与えられた三分間は短いようで長い。その持ち時間のなかで十人中九人までが、趣味は何かと問うてくる。  次に相対した女性も開口一番、 「あたし、スノボが趣味でシーズン中はゲレンデに通いづめなんですけど、7番さんはスノボはします? じゃなかったらスキーは」 「生憎、運動は区民プールで泳ぐ程度です」  つい、冷たくあしらってしまって眼鏡をいじった。これでは「無趣味」と突っ慳貪に答えて不合格の判定を下されていたころの自分からまったく進歩していない。山岸がこの場に居合わせていれば、こんなふうにアドバイスしてくれるだろうか。  ──無趣味なのを逆手にとって、あなた色に染まる謙虚さってのを売りにしなよ。母性本能をくすぐる作戦てわけ……。 「今はこれといった趣味はありませんが。生涯を共にする方と共通の趣味を持ちたい、と考えております」  鏡の前で特訓したとおり、にっこり笑った。山岸くんよ、模範解答だろう。カタブツとけなされる男でも、その気になればこのくらいの芸当は朝飯前なのだ。  フリータイムに移ると、会場のあちらこちらに談笑の輪ができた。〝壁の花〟になりがちだった以前とは異なり、美人度ナンバーワンとナンバーツーの女性が競い合うように話しかけてきて、やはり山岸の力に負うところが大きいと認めざるをえない。  望月は、いったん会場の外に出て深呼吸をした。山岸を箱につめたうえで、その箱を鎖でぐるぐる巻きにして海に蹴落とすさまを思い描いて頭を切り替えると、ぽつねんとたたずむ女性に思いきって声をかけた。  幼稚園教諭だという彼女は、ふっくらしていて愛らしい。頑是ない子どもの相手をするのに慣れているためか包容力があって、望月のスベり気味のギャグにも笑ってくれる。  LINEのIDが記されたアプローチカードをもらい、これまでにない手ごたえを感じたフリータイムが終わり、 「みなさぁん、おめあての方の番号はちゃんと憶えてますね。うっかり他の番号を書いてカップルになりそこねたら悲劇ですよ」  司会者が茶目っ気たっぷりに念を押すと、場内は逆に緊張感に満ちて静まり返った。 

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