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第58話

 望月はノック式のボールペンをかちかちと鳴らした。最終投票カードに幼稚園教諭の番号を記入して提出すれば、カップル成立といく可能性が高い。  その場合は帰りにカフェに誘って、もう少し突っ込んだ話をして、次のデートの約束を取りつけて。今日のうちにそこまで進展すれば、できすぎなくらいだ。  その後もとんとん拍子にいけば、来年の秋にはウェディングベルをキンコンカンコンといくかもしれない。  大事な局面を迎えているにもかかわらず迷いが生じる。なぜなら彼女と話していても、ときめくものが何もなかった。  比較するのはおかしいが、山岸の言動にいちいち神経をすり減らしたり笑みを誘われるのとは大違いだ。そもそも原点に返って考えてみると、おれは特に結婚したがっているとは思えない。  自分を婚活に駆り立てるものは、男は結婚して一人前、という神話にすぎないのでは?  結局、白紙のカードを提出した。何組かのカップルが誕生して喝采を浴びる向こう側から、幼稚園教諭が恨みがましげに睨んできた。  後味の悪い結末に、北風がいっそう身にしみる。オレンジ色に染まりゆく空のもと帰宅すると、荷送り状に〝餅〟とある宅急便が実家から届いていた。  ふた言目には〝結婚〟とうるさい両親が煙ったくて、今度の正月は帰省しないと言ってある。親心はありがたいのだが、縁結びにご利益のある神社のお守りが、自家製の漬物と佃煮の間に忍ばせてあって、がっくりと肩を落とした。 「生涯未婚率が右肩上がりの時代だぞ、あまりプレッシャーをかけてくれるな……」  ネクタイをむしり取り、ソファに寝転んだ。肘かけに頭を預けたとたん、心臓が跳ねた。  言いくるめられる形だったとはいえ、ここを舞台に口淫に挑んだというのに、あれ以来、どうしてこのソファに平然と座っていられたのだろう。  ペニスが口の中でそそり立っていく感覚は金輪際、味わいたくないもののはずなのだが、あながちそうとは言い切れない。それどころか穂先でこすられる感触がそこに甦ると、舌が甘ったるく疼く。    ──可愛い女子をつれてる俺と、俺にじゃれる女子。羨ましいのはどっち……?    意地悪な質問だ。ノーコメントで押し通せば、山岸はそうせずにはいられない理由をしつこく訊いてくるに違いない。アミを追い払いたかったと、うっかり本音を吐いたが最後、なおさら厳しく追及されるだろう。  ただひとつ言えることは。〝山岸〟という呪いにかかり、それが解けないかぎり、誰かと家庭を築くなど夢のまた夢だ。

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