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第60話

 苦笑交じりに通話ボタンをタップすれば、 「ダーリンが望月ちゃんに会いたがっててさ。手巻き寿司の材料がそろってるし車で迎えにいくから、助けると思って遊びにこないか」 「少し頭痛がして。せっかくだけどまたの機会に、とダーリンさんにお伝えください」 「ひとり暮らしだろう、看病にいこうか」 「いえ、婚活パーティーで気疲れしただけなので、お気持ちだけいただいておきます」  不気味な沈黙を経たあとに、田所が吼えた。 「正気か、百パーセント正気なのか! 望月ちゃん……じゃなくて知り合いは、例の美容師のことはどうする気なんだ」    どうするもこうするも、どうしようもない。 「ヤケッパチで結婚するのは不幸をしょい込むのと同じなんだぞ。自分をごまかすな、自分に正直になるんだ」 「賛同できかねますが、お心遣い感謝です」  切り口上で締めくくって、終話ボタンを押した。ついでに寝室に着替えにいきしな本棚に肩がぶつかり、そのはずみにそこに飾ってあったスノードームが倒れた。  咄嗟に伸ばした手をすり抜けて、床に転がり落ちる。元はジャムの瓶が粉々に砕けてパウダーが舞い狂い、陶製のミニチュアのサンタクロースの腕がぽきりと折れた。 「象徴的、だな……」  もとより友人でも、ましてや恋人でもないアヤフヤな関係に溝が生じたからといって嘆くにはあたらない。現在(いま)は確かに心の一部がひび割れたような気がしているが、数日以内にきれいにふさがるはずだ……と、いうのに。 「接着剤でくっつくか?」  貧乏性ゆえなのか、ガラスの破片を拾い集めにかかれば指を切った。山岸がこの場に居合わせたなら、    ──俺が作ったスノードームって宝物?  と嘲笑うだろうか。それとも、  ──血が出てる。消毒したげるよ……。  指を口に含むのにかこつけて〝お医者さんごっこ〟にでも持っていくのだろうか。  頭をひと振りして雑念を払った。「待て」と命じられて従いつづける犬ではあるまいし、山岸に義理立てする謂れはない。  スマホを摑んだ。いいのか、いいんだな、と頭蓋でこだまする声を無視して山岸のデータを削除した。

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