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第8章 The初詣!

    第8章 The初詣!  各種の浴衣イベントが定着したことが少なからず影響しているのか、思いのほか晴れ着姿の女性を数多く見かける。都内で初詣といえばここ、という神社の付近には屋台がずらりと並び、ソースが焦げるかぐわしい香りが漂ってくる。  すさまじいばかりの人出の多さに、望月は鎮守の森に足を踏み入れたところで立ちすくんだ。  社殿まで一方通行で進むことを示す綱が参道に張られ、参拝客が枠の中をぞろぞろと歩いているが、いつになったら社殿にたどり着けるものやら見当がつかない混雑ぶりだ。  迷子は泣きわめくわ、掏摸(すり)だ痴漢だと叫び声があがるわ。  衝動的に山岸の連絡先一切をスマホから削除してしまったのは失敗で、これでは彼と無事に会えるかどうかは運任せに近いものがある。  望月は眼鏡を押しあげると、人垣に幾重にも隔てられて遙か彼方にそびえているように見える鳥居をめざして歩きだした。大みそかは実家でまったりするのが定番のスタイルで、人混みで揉みくちゃにされるなど真っ平だというのに出向いた。義理は果たした、山岸と行き違いになっても、そのときはそのときだ。   行けども行けども人また人のうちに、午前二時を回った。なのに鳥居はまだ遠い。 「望月さぁん、こっちこっち!」  立ち止まらないでくださいというアナウンスが繰り返し流れて、音の洪水が耳を(ろう)するようだ。  にもかかわらず山岸の声は、はっきりと聞こえた。見つけてくれて助かった、山岸に会うのが無性に怖い。相反する想いがせめぎ合い、望月はぎくしゃくとだが爪先立ちになって鳥居の根方に目を凝らした。そして彼の姿を見いだすが早いか、人混みをかき分けて駆けだした。 「馬鹿、バチが当たるぞ!」  山岸は狛犬の上に立って両手を振り回していたのだ。望月の視線を捉えたと確信すると、狛犬に跨ってヒヒーンとおどけた。  スウェードのブルゾンを摑んで、山岸を引きずりおろす。それから望月は、きちんと両足をそろえたうえで深々と頭を下げた。 「旧年中は世話になった。今年も……」  よろしく、と言うのは、もう少し親密な間柄になりたいと暗にほのめかしているようで、ねだりがましくないか? 「こっちこそ主に愚息がお世話になりました。さっ、お参りしよう」  背中を押されて長蛇の列に加わった。

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