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第65話

 行列に並んで三十分経っても、社殿は屋根すら見えない。凍てつく寒さに胴震いが止まらないが、つないだ手を通じて温かなものが流れ込んでくるようで、ほっこりする。それに、からかわれてはムッとするパターンを繰り返しながらだと退屈する暇もない。  民族大移動という(おもむき)がある参道の脇に、振袖姿の女性がうずくまっていた。草履の鼻緒が切れて途方に暮れている様子だが、恋人とおぼしい男性は灯籠にもたれてスマホをいじるばかりで、あんなにも温度差があるようではいつ喧嘩が始まってもおかしくない。  山岸が突然、ハンカチを細長く切り裂いた。列を離れてくだんの女性のもとに歩み寄ると、紐状によじったハンカチで鼻緒をすげ替え、何事もなかったように望月の横に戻ってきた。 「器用だな。遅くなったがスノードームをありがとう。睡眠時間を削って、あれを作ったのなら申し訳ないことをした」 「ひと晩くらい徹夜してもへっちゃら。と違って、まだ二十代だからね」  肌の衰え具合を測定するように頬をつつかれた。望月は脇腹を肘でこづいて返し、一転してうつむくとフードを目深にかぶった。 「便りがない、きみに嫌われたと思うと切なかった……たわ言だ、忘れてくれ」 「女子は一日LINEしなかっただけでキレて別れるとか言いだす。その点、望月さんは我慢強くて放置しがいがあるんだよなあ」    放置しがい。その響きに胡乱(うろん)なものを感じて鸚鵡返(おうむがえ)しにすれば、謎めいた笑みではぐらかされた。  人酔いしたころ、列がやっと社殿に達した。賽銭箱の代わりにシートが敷かれていて、それをめがけて硬貨が飛び交う。  望月は、始終ご縁が、という語呂合わせで四十五円分の硬貨を投げ入れた。無難なところで健康を祈願すると、後ろの人にすばやく場所を譲った。  ところが山岸は、どけよがしに背中を押されても一心に手を合わせたっきり動かない。そのさまになぜだか胸を締めつけられて、彼との仲が次のステージに進みますように、と付け加えてしまった。

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