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第66話
誰かに足を踏まれて我に返った。今のは冗談と、ご祭神に向かって訂正するのももどかしく、山岸を列の外に引っぱり出した。
境内中に人があふれ返り、はぐれないためには手をつないで歩かざるをえない。
再びの長蛇の列に、お守りと破魔矢を買うのは断念したが、引く引くとごねる山岸に根負けして、おみくじを引いた。うなだれる望月にひきかえ、山岸はガッツポーズをした。
「俺、大吉。仕事は飛躍の年で恋愛は成就す、だって。望月さんの運勢は」
「……大凶だ。よくて左遷、最悪の場合はリストラされるかもな」
「ネガティブ思考はツキを逃がすよ。正月に大凶をひく確率なんてメチャクチャ低いんだし、逆に強運だって威張れるんじゃね?」
「なるほど、ものは考えようだ」
望月は白い歯をこぼした。ゲン直しに結び所に結わえつけていこうと思ったおみくじを財布にしまうと、
「ホント、素直で調教しやすい人だよなあ」
禍々しい独り言を耳が拾った。寒気立ち、怖いもの見たさといった体で肩越しに山岸を振り返ると、彼は剽げてぺろりと舌を出し、さらに望月の頭にフードをかぶせ直した。
にぎわしい参道を並んで折り返すうちに、不穏なものが漂う今のひとコマは頭の隅に追いやられた。屋台が立ち並ぶ一角がアセチレンランプに照らし出されると、山岸は鼻をひくつかせ、望月の手を引いて駆けだした。
望月が屋台を冷やかしてまわるのは、かれこれ十年ぶりだ。おでんにチヂミにシシカバブ。どれもこれも美味しそうで、何を食べようか目移りしてしまう。
「悪の手先、眼鏡仮面め。俺を撮るんだ」
唐突に、そんなふうに凄まれた。見れば山岸は戦隊ヒーローもののお面を頭にちょこんと載せて、得意げに変身ポーズを決める。
山岸のスマホを渡されてシャッターを切る。ある意味、お宝映像を自分のスマホに転送してもらうには、彼にどう持ちかけるのがベストなのか。
なぜ俺の写真が欲しいの、と真顔で訊き返されたら返答に窮する。望月自身、山岸の写真を欲しがる心のありようが不可解だ。
ともあれガードレールに腰かけてひと息入れると、チョコバナナが差し出された。
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