68 / 87

第68話

 そもそも望月誠二という存在は、山岸の中でどの程度のランクに格づけされているのか。   されても困るが、望月をセックスフレンドに任命する気もなさそうだ。ならば山岸は、何を性の捌け口にしているのだろう。もっぱらセルフサービスに頼っているなら水臭い。お年玉という意味合いで出血大サービスといき、口でイカせてあげるにやぶさかじゃないのに……。  何をトチ狂っている。望月は自分を叱りつけるとともに、バナナを嚙みちぎった。  仮に……そう、仮にだ。山岸に隠れた本命がいたとして、その人と両思いになったあかつきには、望月など即座にお払い箱だ。  本命? 両思い? お払い箱?  名状しがたい胸苦しさに襲われた。酸素吸入器を口許にあてがわれたふうにバナナにむしゃぶりつくと、くすり、と耳許で笑われた。 「そんなエロい食い方するやつは望月さんくらいだよ。恥ずかしいから、やめたら」  見れば、あらかた食べ終えたバナナは唾液にまみれてくびれ、そこに溶けたチョコレートがからんで(みだ)りがわしい。  望月は、そそくさと残りをたいらげた。くそっ、また乗せられてしまったのだ。 「チョコついてる」   望月の唇をなぞった人差し指を、そのまま自分の口にふくんだ。そして、ゆうるりと舌を蠢かすかたわら、ハンターが獲物にライフルの照準を合わせたような目を向けてきた。  全身の産毛が逆立つ。望月は串をへし折り、きりっと眼鏡をかけ直した。  妖しいおののきが背筋を走り抜けたのは、蠱惑的な仕種に情欲をかき立てられたせいじゃない。冷えるからだと、かじかんでいるわりには熱を帯びているような両手をこすり合わせた。  木々を透かして空を仰ぐ。月が傾き、シリアスが冴え冴えと輝く。  寒さが一番厳しい時間帯だが、屋台に群がる客の列は途切れることがない。威勢のよいかけ声が飛び交い、たこ焼きに振りかけられたカツオ節が陽気に踊る。発電機がうなり、そのけたたましい音は、むしろお祭り気分を盛り上げる。  非日常的な雰囲気に包まれて、タガが外れた面があった。  望月は腰を伸ばすと見せかけてガードレールに引っかけた尻を横にずらすと、山岸と肩が触れ合わさるまぎわまで距離をつめた。このまま現地解散といけば、山岸は即座に立ち去ってしまうに違いない。  そのうちLINEする、と言い残して。  ただし、この場合の〝そのうち〟とは、政治家の決まり文句の〝善処する〟の同義語で、要するに空約束にすぎない。

ともだちにシェアしよう!