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第69話

   吐く息は白く、望月と山岸のそれが寄り添ってたなびくさまに憧憬の眼差しを向けた。望月はコートの毛羽をムキになってむしり、そうだ、と掌に拳を打ちつけた。  初詣のハシゴだ七福神めぐりだ、と誘えば山岸とあと何時間か一緒にいられる。山岸が欠伸をすればタイムアップを告げられる予感に焦りながらも、努めてさらりと切り出した。 「きみは美容師だ。商売繁盛にご利益のある神社に、ついでにお参りにいかないか」  山岸は、きょとんした。 「帰って寝るよ。眠いもん」  こんどは望月がぽかんと口をあける番で、さながら向こう岸に渡り終える直前に吊り橋を切り落とされた気分だ。望月の家に場所を移してお雑煮を食べよう、とか、都庁の展望台にのぼって初日の出を拝もう、という方向で話がまとまる場面じゃないのか、ここは。 「電車の中で爆睡して、山手線を五周はしそうな勢いだなあ」  山岸ときたら、ぴょんと立ち上がってつれないものだ。かと思えば愁い顔を覗き込んで、さえずるように囁く。 「正月の風物詩といったら姫はじめ。誠二がしたいなら、つき合ってあげるけど?」 「誰が、そんなものするか!」  あはは、と山岸は朗らかな笑い声を響かせるとマフラーをほどき、望月の首に巻いた。 「冗談はさておいてさ。とびきり大切な人には、こんなサービスもしちゃう」    とは、どういう意味でなのだろう。望月はうつむき、マフラーの房をよじり合わせた。試しに問い返しても煮ても焼いても食えない山岸のことだ。〝敬老の精神的に大切〟くらいのことを、ほざきかねない。  と、山岸が派手やかな一団に駆け寄った。 「すっげぇ偶然! 卒業以来だよな、元気してた? 久しぶり」  我勝ちに近況報告といく様子から察して、美容学校時代の同級生と数年ぶりに再会したらしい。山岸は十数分にわたって彼らとかまびすしくしゃべりたおしたすえに、 「俺、こいつらと同窓会的に遊んでくから。マフラーはついでのときに返してよ」  ようやく望月を振り返った。おまけに薄情にも、あっさりと背を向ける。ひと呼吸おいて邪慳にしすぎたと反省したように、LINEする、とスマホを掲げてみせた。  呆然と立ち尽くすのみの望月を、邪魔だとばかりにすれ違いざまにどついていった男がいて、右に左によろける。  放置しがいがある──。  毒がしたたるような言葉が頭の中でリフレインした瞬間、マフラーをむしり取ってくしゃくしゃに丸めた。

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