72 / 87

第72話

   両手に花、という光景に純粋にライバル心を刺激されるのか。女子が山岸にべたべたするせいで、楽しいひとときが台なしになったことに苛立つのか。  バッティングに集中するどころではなくて三振の山を築いたあげく、掌にマメができるわ、運動音痴と山岸に嗤われるわと、さんざんな目に遭った。  襟髪に触れた。三回目は、つい昨夜の出来事だ。家に持ち帰った仕事がちょうど一段落したところに、山岸がひょっこり訪ねてきた。  三度目の正直でエロい流れになるのかと身構え、それでも一応ワインをふるまったのだが、 「ちょっと癖毛なんだよな。こまめにカットしないとツムジのとこが割れる」  山岸は出張サービス第二弾と称して望月の髪を切りそろえると、すぐに帰っていった。  ある意味、肩透かしを食わされっぱなしでいる現状が、視床下部に妙ちきりんな作用をおよぼすのかもしれない。でなければ山岸と会った夜は、必ずひとりエッチに耽ってしまうことに説明がつかない──。  望月は不要の書類をひと束、これは山岸、これも山岸、と唱えながらシュレッダーにかけた。胸がすっとしたのを機に、パソコンのフォルダを開いてアンケートをまとめる。  それは全社員を対象に実施したLGBTに対する意識調査だ。おおむね好意的な回答に、変態を野放しにするな即刻クビにしろ、という過激なものが混じっている。  変態? タイピングをする指が、ぴたりと止まった。  匿名を隠れ蓑に偏見丸出しの御託を並べるとは卑怯千万。こういう危険思想の持ち主は、禅寺にでも放り込んで根性をたたき直してやるべきだ。  などと鼻息が荒いままに、午後イチで会議室の準備を手伝いにいった。会社的にターニングポイントといえるLGBTの勉強会が開かれるのだ。  といっても第一回目の今日は勉強会の趣旨を確認し合う程度で、外部から招いたスペシャリストを交えて議論を煮つめていくのは、次回以降だ。  部長級以上が一堂に会するとあって粗相は許されない。ロの字に並べた長机のそれぞれの席に資料を置き、緑茶のペットボトルとコップもそれに倣う。  プロジェクターの映りぐあい、よし。ホワイトボード、よし。最後にブラインドを下ろすと、議事進行役を務める人事部の課長に一礼した。

ともだちにシェアしよう!