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第73話

「応援に駆り出して悪かったね」 「とんでもない。総務部と二人三脚でいくプロジェクトですし、お安い御用です」  にこやかにそう答えてドアに向かったが、出ていきそこねた。脇にずれて一番乗りの経理部の部長に道を譲ったところに、国際事業部の部長と商品開発部の部長が、つれだってやってきたためだ。  つづいて広報部の部長が姿をみせた。田所の直属の上司だ、と親しみを込めて会釈をしたものの、当の部長は望月を一顧だにしない。それどころか、むすっと席に着くなりがなりたてた。 「LGBTと洒落たことを言っても要するにレズとホモとオカマと両刀遣いの総称だろう。 社員の中に何人いるかわからん連中に便宜を図るのに割く予算があるなら広告費に回してほしいね」  時流に乗る形でスタートする運びとなったとはいえ、勉強会は大局的に見て意義があることと、これまで表立って異議を唱えるものはいなかったのだが、 「相手が同性だろうがパートナーに死なれたときは弔慰金を支給し、祝儀も住宅手当に相当するものも同様とす──。国が同性婚を認めていないうちから一企業がそこまで面倒をみなきゃならんもんですかね」  広報部長は一石を投じるように言いつのり、いったん口をつぐむと一同を見回した。すると根回しがなされていたのだろうか、企画部の部長が尻馬に乗るふうに賛意を表した。 「他社に追随するのもけっこうだが、対外的なメリットはどのくらい見込めるものなのか試算のほどは」 「マイノリティと呼ばれる社員の地位向上を図ることが、社員の労働意欲を高めることにつながる。それが一番のメリットでは?」    と情報システム部の部長が反駁(はんばく)した。 「福利厚生の拡充に関しては、育休および介護休暇のほうが優先課題でしょう」  財務部部長が口を挟んだかと思えば、 「教育の現場でLGBTへの理解を深めようという動きが活発になってきつつある昨今、企業も柔軟に対応するのは時代の趨勢と考えられませんか」 「オカマという言い方はもはや死語。広報部の部長ともあろう方には、もっと柔軟な姿勢をみせてほしい」    推進派の面々が拳を振り上げる。  といった調子で勉強会は当初から紛糾し、果ては派閥争いの延長という様相を呈する。人事部課長はおろおろと静粛を求め、専務と常務という格上のメンバーでさえ、主導権を握るどころかオブザーバに徹せざるをえない雰囲気だ。

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