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第74話

 広報部長が語勢を強めて、まくしたてた。 「うちの部に、自分はホモだと大っぴらにしている社員がいるが、そいつの場合はセクハラの定義がOLとも違って扱いづらい。ババ抜きでババを摑まされた気分だ、胸くそ悪い」  私情をむき出しにして部下──田所を侮辱するとは上司の風上にも置けない。望月は決然と進み出ると、あたりを睥睨(へいげい)した。 「お言葉ですが、ゲイだレズだと線引きするのはいまやナンセンス。男女のパートナーと同等に扱うのが、あるべき姿では?」 「きみに発言権はない」  企画部長がドアを指さした。 「いえ、言わせてもらいます。差別意識がイジメを生む土壌となることは巷間よく知られていることで、個人の性的指向にケチをつけるなどハラスメントの最たるもの。寛容の精神を持って勉強会に臨んでいただきたい」   滔々と意見を述べるうちに背中が冷や汗に濡れた。上司に嚙みつくなんて、およそ自分らしくない。ここは平謝りに謝って退室するのが正解で、実際にいちどは頭を下げたが、 「第一、人が人を好きになるのに性別は関係ありません。魂が惹かれ合うのであって、損得勘定はもちろん抜きです。人生の伴侶と新生活に船出するあかつきには公平に扱ってほしい──マイノリティと色眼鏡で見られがちな社員にも社則に則った配慮のほどを望むものであります」  身ぶり手ぶりを交えて熱弁をふるい、お歴々を見回したところで首をかしげた。性別に関係なく恋に落ちるとは、まさしく自分のことではないのか……? 〝長〟とついていても係長の権限など高が知れている。現に専務以下、全員が口をそろえて人事部課長に命じた。 「この跳ねっ返りをつまみ出せ」  力ずくで廊下に追い立てられて、背後でドアが閉まると同時に、へなへなとくずおれた。よろよろと総務部に戻り、崩れ落ちるように自席に腰を下ろす。席を外している間に何本か電話がかかってきたとメモにあるが、コールバックするのはひとまず後回しだ。  おみくじの大凶は、大失態を演じる未来を予言していたのだ。お偉方の逆鱗に触れた代償は高くつき、訓告ですめば御の字、悪くすれば平に降格ということもありうる。  しかし、そんなことは瑣末な問題だ。  恋? 誰が、誰に?

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