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第75話

 望月は眼鏡を外し、レンズを磨いてからかけ直すと、また外した。  安手のドラマにありがちな、いつの間にか恋心が育っていたというパターンを踏襲してみろ、笑い話にもならない。そうだ、六つも年下で、おまけに悪辣な青年に心を奪われるなど、平凡な人生を夢見る自分に限って考えられないことだ。  だが、恋は思案の外と言ってのけた瞬間、ジグソーパズルの最後のピースがはまった気がした。  望月が話は、翌日の午後には掃除のおばちゃんにまで知れ渡っていた。渦中の人物は、廊下でも社員食堂でもエレベータホールでも、アレが例のアレだと囁かれる運命にある。  いっそのことサイン会でも開くか、と望月はヤケクソ気味に考えた。ただでさえ直属の上司が事あるごとに睨んでくるあたり、昨日の件について追って沙汰があるはずだ。  針の(むしろ)というシチュエーションに堪えかね、他部署に届け物をするのにかこつけて休憩スペースでひと息入れた。缶コーヒーを手に長椅子に腰かけると、どっと疲れが出た。  昨夜来、自問自答しつづけているために脳みそがオーバーフローを起こしそうだ。山岸に恋愛感情を抱いているだなんて、錯覚にすぎないのではないだろうか。   スマホをタップして、山岸がインスタグラムに投稿した画像を第三者の目で見る。屋台を背景に戦隊ヒーローもののお面をかぶっておどける山岸は、稚気にあふれて魅力的だ。  だが、好青年ぶりにだまされてはいけない。彼は二面性があって、時と場合に応じて冷血漢になりおおせる男だ。  ため息交じりにコーヒーをすする。命題、望月誠二はレイプ魔に惚れるヌケ作である。それを大前提として山岸に胸のうちを洗いざらいぶちまけてみた場合、脈があるのか?  イタい行動の代表例が〝一度ネたくらいで恋人面をする〟。  そんな説を目にした憶えがある。その例に当てはめれば、山岸をこじらせたような状態にある自分はイタいやつの典型で、いつ嫌われてもおかしくないのだ。 「望月ちゃん、見ーっけ」  コーヒーを飲み干したところに田所が飛び込んできて、ハグされた。居合わせた数人の社員が明らかにひいたが、田所は望月の手をとると、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。

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