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第77話
「ここは男性限定の店なんですか」
「ゲイバアだからね。今夜は社会勉強」
さらりと言われて水割りにむせた。
「さあて、知り合いとは望月ちゃんのことだと、いいかげんに観念してもらおうか。で、恋の虜になったとはめでたい話なのに、この期におよんで何を迷う必要があるんだい」
犯行を自供しろ、と容疑者に迫る刑事のような鋭い視線をそそがれた。望月は、伏し目がちにグラスをひと揺すりした。
「恋はある意味、早いもの勝ちだ。ぼやぼやしてるうちにトンビにあぶらげ方式で、どこかの誰かに美容師くんをかっさらっていかれたあとで泣いても遅いんだぞ」
例を挙げるように、上着の胸ポケットに伸びてきた手がスマホを奪い去っていった。
「告ってみろとでも言いたいんですか。玉砕するのがオチなのがわかっていて大博奕を打つほどの度胸も若さもありません。だいたい山岸くんは腹黒で意地悪で、うっかり好きになった日には不幸のオンパレードなんです」
望月は早口でそうまくしたてると、田所がカウンターの端っこに遠ざけたスマホを取り返すべく伸び上がった。
ところが田所は、
「本音を吐くまでこいつは預かっておく」
スマホをワイシャツの内側にたくし込み、奪還する機会が巡ってくるのを待つしかない。
店が混んできた。ひとりで飲んでいた客が、同様の客と意味深な目配せを交わして通路の奥に消える。少し間をおいて数人の客が後につづく。
あるいは、なまめいた風情のカップルがフロアに戻ってきて冷やかされる。似たような光景が何度か繰り広げられ、小部屋を利用する客が入れ替わるたびに淫靡な雰囲気が醸し出された。
時には田所の顔見知りらしい男が、望月を指さしながら田所に耳打ちして、追い払われるひと幕もあった。新顔の望月は狩猟本能をくすぐるとあって、注目の的だったのだ。
それはさておき、グラスの中身が半分ほど減るそばからウイスキーがつぎ足される。望月は断りあぐねるままに、水割りというよりロックに近いそれを呷り、すると当然のことながら酔いが回るにつれて口が軽くなる。
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