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第78話
「恋愛小説にも恋愛映画にもラブソングにも共感した憶えのないおれは、情緒に致命的な欠陥があるんです」
コースターをハート型に切り抜き、それの真ん中をくり貫いた。他のみんなはどういう基準にしたがって、この好意は友情、この好意は恋情、と分類して断定するのだろう。
「てめえを犯してくれた若僧に恋しちゃったかも? いい年して、とんだカマトト野郎だ。キモい、いっぺん死ね。田所さんも本当は呆れているんでしょう」
酔眼を鬚 のあたりに据えて同意を求め、
「呆れるものか。むしろ恋に不慣れなジタバタっぷりが微笑ましいね」
笑顔を向けられると、かえってむくれた。
それから三十分あまりが経過し、望月はいよいよ呂律が回らなくなってきた。
頃やよし、というふうに田所がストゥールからすべり下りたのは、小部屋のひとつが空いたときだ。
「ひと休みして酔いを醒まそうか」
背中を支える形に促されて、望月はぐにゃぐにゃと腰をあげた。つれていかれた小部屋にはソファベッドが置かれているきりで、寝台列車のコンパートメントを髣髴とさせた。ドアにしても隙間から中を覗き放題、という寸足らずなものだ。
望月はソファベッドにくずおれた。恋愛問題の初期の初期の段階でつまずくおれの知能は類人猿以下だ。そう、ぼやいて頭を搔きむしり、そこで現実に引き戻された。
肉と肉がぶつかる音と、よがり声としか思えないものが両隣の小部屋から響いてくる。
望月は二重、三重にダブりがちな室内を見回して首をかしげた。ボックスティッシュはともかくとして、コンドームが籠に山盛りになっているのが解せない。
頭の中でレッドアラームが点滅したものの、田所に組み敷かれたあとだった。
「ハプニングバアに来るのは、もちろん初めてだろう? エッチになだれ込める部屋が完備されてるのが売りで、この店がそうなんだ。それからね、幸せのお裾分けというか、出歯亀どもに見せつけるの前提でやるのがミソ」
「うっ、浮気はしない主義だと言ったじゃないですか。ダーリンを裏切るんですか!」
「バレなきゃ平気。さあ、愉しもう」
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