41 / 42
8話-7 スタート・ポイント
入谷が腰を浮かせ、俺自身に手を添え、ゆっくりと彼の中に迎え入れていく。自分の表情筋が喜びか快感か感動か、何か大きい感情で歪むのが分かった。早く中に入りたい気持ちと、この時間が永遠に引き延ばされてほしい気持ちが、胸の内側で複雑に入り交じる。
入谷も眉をひそめ、噴出しそうな何かを堪えているような顔を浮かべる。は、と熱っぽい息を逃がして、こちらを見下ろし、艶然と微笑する。
肌と肌とがぴったり重なっているのを感じた。全部、入ったのだ。俺はいま、入谷とセックスしているんだ。
彼の入口はやはり、きつく俺自身を締め上げてくる。それなのに中は柔らかく、熱く、優しく吸いついてくるようだ。率直に、腰が溶け落ちそうなくらい気持ちいい。挿れただけで達 きそうになるのをなんとか耐えられたのが、不思議なくらいだ。
「すごい、柾之さんの……良い。おっきい……」
泣き笑いみたいな、悦びに浮かされた表情の入谷から、陶然とした呟きが降ってくる。彼の右手の指先は受け入れたものの到達点を示すように、さわさわと下腹部に這わされている。その様子に、ぶわ、と自分の中の何かが目覚める感覚があった。
わし、とすべすべした太腿を両手で掴む。湧き上がる情欲にそのまま従い、腰を二度三度と突き上げた。
入谷の上半身が背中側に反る。ゴムに包まれた彼自身もぶるぶる揺れた。
「え、あ……柾之さ、それだめ……ッ」
「う、もう……出る……っ」
焦らされ続けたそこが簡単に中身をぶちまける。絶頂の瞬間、何もない中空に投げ出されたみたいに、快感以外の感覚がなくなる。すべての感覚器官が気持ちよさだけに染められたような、激しい悦楽だった。
我に返ったときにはほとんど息も絶え絶えで、肩でやっと呼吸をしていた。相手が何か手に持っているのを遅れて知覚する。それは入口を既に縛られたゴムで、うっとり笑う恋人が楽しげにたぷたぷと揺らす。
「ほら、見て下さい。いっぱい出ましたね……。今夜は二人で何回できるか、数えましょうか」
色っぽく艶麗な空気を纏う入谷に、また腹の奥がじりじりと疼く。夜はまだ、始まったばかりだ。
片手を握り合わせ、指を絡めながらキスをする。今度は俺が上だ。互いの体表は汗ばんでしっとりと湿り、そのおかげで肌同士が吸いつくようで、それだけで脳髄が溶けそうに気持ちがいい。
「柾之さんの匂い、安心します」
と言われても、同じシャンプーとボディソープを使ったのだから、二人とも香りは一緒なのではないだろうか。ただ、入谷と同じ匂いをまとっていると思うと、心臓のあたりが温かくなるのは確かだ。
下から伸ばされた腕がしがみつくように俺を抱く。たおやかな手は愛しげに髪を混ぜ、切なげにうなじをくすぐり、物欲しげに脇腹を刺激し、如実に感情を伝えてくる。
手だけでたまらないのに、彼には目眩 くような舌遣いもある。敏感な粘膜同士は絡まると淫蕩な水音を立て、それが蓋のない耳を侵し続ける。何回しようが、入谷とのキスは慣れることがない。それどころか回数を重ねるほど、俺の体はたやすく快感を得るようになっていく。
呼吸を奪われ、酸欠に陥りかける瀬戸際で唇が離れる。混じり合った唾液が糸を引き、暗がりの中できらりと光を放った。
「ずっと思ってたけど、紫音くん、キス巧いよね」
「そうですか?」嘯 く恋人は嬉しそうだ。
「童貞で処女だって言ってたけど……キスは他の人としたことあるんでしょう?」
「そんなの、聞かなくてもいいじゃないですか。今はあなただけなんだから……」
むう、と可愛らしく唇を尖らせて俺の頭を抱き寄せる。また口づけに溺れながら、確かにそれもそうだと納得する。はぐらかされた印象もあるけれど、いま彼と交わっているのはこの世で自分以外に誰もいないのだ。そんな当たり前の事実によって、なぜだか余計に体が熱を帯びる。
物理的な刺激がないのに、キスだけで下半身が再び臨戦態勢になっていた。入谷の膝裏に手を差し込み、艶かしい体を開く。目の前の青年は期待に燃える目で俺を見上げている。
「挿れていい?」
「はい……来て下さい、僕の奥まで」
臆面もなく囁かれる誘惑に引き寄せられるように、あらわになった後ろに尖端を押し当てる。さっきは見えなかったが、そこはとろとろにとろけ、刺激を欲してひくひくと蠢いている。
――エッロいなあ……。
今まで見たものの中で、飛び抜けて一番に淫らだと思う。
ぐっと腰を進め、昂りを最後まで中に沈ませる。「動くね」と断ってから、ゆるゆると前後に体を反復させると、入谷の喉から声にならない喘ぎが漏れ始める。
俺ので気持ちよくなってくれている。そのことに無上の愉悦を覚えた。
腰の動きを徐々に激しくしていくと、相手がいやいやをするみたいに身悶えする。ふと、彼が掌で口を押さえているのに気づき、動きを継続したまま身を乗り出した。
「声、我慢しなくていいのに」
「……っ、萎えませんか? 男の喘ぎ声を聞いたら……」
うっすら涙で覆われた目をこちらに向けて、いつになく弱々しく訊いてくる。
そんな彼の不安を笑い飛ばしたくなった。萎えるわけがない。俺は君のことなら何でも愛おしいと感じられるのだから。
入谷の喘ぎ声なんて、興奮を燃え上がらせる薪にしかならないに決まっている。
「聞かせてよ、紫音くん。萎えたりしないって証明するから」
「柾之さん……いま、すごく雄の顔になってる」
繋がっている相手が、慈しむように俺の頬に指を這わせた。汗が浮いた額に黒髪が張りつき、乱れている様はえもいわれぬほどの色気を放っている。その上双眸は獰猛な光を宿しているのだからたまらない。
「紫音くんだって、そうだろ」
「ふふ……そうですね。もっと……」
「もっと?」
「あなたのこと、めちゃくちゃにしたいです」
不意に紡がれた言葉に、異様な感覚がぞくりと背中を伝い走る。
「それ、は」
「もっと、めちゃくちゃになってほしいです。僕の中で……」
「……ッ」
そんなことを言われたら、もう駄目だ。抑えきれない欲望をぶつけるように、腰を勢いよく突き入れる。良いところを切っ先で探り当てようと、ぐりぐりと抉りながら。
教えてもらったのは確かこのあたり、と思った刹那、全身がびくりと大きく痙攣する。
「あ、んんっ、そこ……」
「ここ、良いところ?」
「や、そこばっかり……だめ、だめ……っ」
入谷が悶え、歓びに堪えるみたいにぎゅっと眉を寄せる。
その表情も、欲情を引っかく声も、結合部が立てる水音も、体温も、匂いも、高められる鼓動も、何もかもが興奮を煽る。ブレーキが利かなくなった列車のように、彼の中に熱を叩きこみ続けた。
「ごめんっ、ちょっと……抑えが利かない……ッ」
入谷は揺さぶられながら、ふ、と優しい笑みを浮かべる。
「いいんですよ……どうぞ、すべて解き放って下さい。僕の中で……」
「紫音くん……ッ」
一際強く襞 を抉ったとき、中がぎゅううと強く締まった。入谷の顎が天を向き、体を波打たせながらびくりびくりと達する。自分も彼に少しだけ遅れ、二度目の射精を迎えた。気持ちよさが大波となって体を翻弄する。
お互いのはあ、はあ、という荒い息が夜気に霧散していく。体の内を温かい気持ちが満たしていた。二人で一緒に達けた。それがこんなにも嬉しい。
とろけきった目が俺を捉える。側頭部をゆったりと撫でられ、心臓が甘く締め付けられた。
「ふふ。上手、上手」
急に褒められて瞠目する。こんなときまで、この人は。
「はあ、もう……」
どっと力が抜けて入谷の隣に倒れこむ。彼には敵わない。ゴムの処理をしながら、とろとろとした眠気がやってくるのを感じるが、まだ寝てしまいたくはなかった。
傍らを見やると、切れ長の目はじっとこちらに向けられていた。
「一生懸命に僕を求めてくれる柾之さん、可愛かったですねえ」
「や、やめて……皆まで言わなくていいから」
改めて言葉にされると恥の気持ちに襲われ、ぼふりと枕に顔を埋める。心地よい疲労感とともに、喉が乾きを訴えていた。
ともだちにシェアしよう!