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第一話(2/2)

「ごめん、まだ待ってね、伊万里くん。俺も、もう限界」 志月は笑った口の端から熱い息を漏らしながらベルトを外し、スラックスと一緒に下着を下ろした。勢いよく飛び出した熱棒に伊万里は息を呑む。もう喉も体もカラカラに渇ききってしまっていた。 「しづきさん……しづきさんの、俺の、中に、ください」 「わかった。いいよ。俺のでイかせてあげるからね」 志月は何もつけないままに伊万里の後ろ穴へと自身を押し付ける。いつもならコンドームを着けるはずだがそうしない。けれど伊万里の頭には嫌悪感も恐怖も一切湧いては来なかった。むしろ――昨日先輩によって汚された腹の中を志月によって上書きされると考えると歓喜で頭がいっぱいになる。考えただけでイってしまいそうだが、まだそこまでのレベルには達し切れていないらしく、伊万里は強請るように腰を動かした。 伊万里の動きに志月は堪らず、伊万里の中へと一気に自身を突き刺した。その感覚だけで伊万里は高い声を上げ勢いよく芯から白濁の液体を吐き出した。 しかし一度吐き出しただけでは熱は治まらないようで、激しく突く志月の腰の動きに合わせて伊万里は何度も細かく熱を吐き出し続ける。 やっと解放された喜びと快感。それが破裂すればさらに大きな悦楽が体に押し寄せ、また破裂して――それが永遠と繰り返された。 止らない絶頂感に体を呑まれる。吐き出された精液が止めどなく伊万里の腹を汚し続けた。伊万里が渦の中へと落ちていく光景のあまりの刺激に志月は思わず笑いを漏らした。 「ヤバ……伊万里くん、しゃせー止まんないね……? すっごい、エロい……」 「い、やぁ……きもちぃ、の、止まんな、いッ……み、見ないで、しづきしゃ、あっ」 「恥ずかしがらなくていいよ。俺、エロい伊万里くんだぁい好き♡」 突然の甘い言葉に伊万里は目を見開き「あっ」と声を漏らす。脳に甘い蜜をかけられたような、そのまま溶けていきそうな妙な感覚。無意識に力んでしまったらしく、志月はうめき声をあげ伊万里の腹を撫でた。 「い、まりくん……」 「あぅ……ごめん……なさい、」 「ん……いいよ、大丈夫……俺も、もうイくね? 俺の全部、伊万里くんのお腹で受け止めてよッ」 「はッ、はいっ……!」 伊万里は腕を伸ばして志月の体を抱きしめたかと思うと、今度は脚まで絡ませる。志月は奥歯を噛みしめ腰を激しく動かすと体を震わせた。 体の中で熱が脈を打つ感覚と、腹の奥へ精を注ぎ込まれる感覚。それにまた絶頂すると伊万里はふわふわと雲の中にいるような感覚とともに、静かに眠りへ落ちて行った。 「……ごめんなさい、志月さん」 「いいよ、気にしないで。伊万里くんの体に無理させた自覚はあるし、それに、俺はこうやって誰かの面倒見るの大好きなの」 情事の後、意識を失っていた伊万里は生暖かく濡れた布が自分の肌を優しく撫でる感覚で目を覚ました。暗闇の中で、自分の体を抱きながら、ドロドロと混ざり合った体液を綺麗に拭き取ってくれていたのは志月だった。わざわざ人肌に温めた湯を器に入れベッドまでもって来て、そこへしっかりとつけたタオルで体を綺麗にしてくれている。 別に初めてのことでは無いのだが、伊万里は何となく申し訳なくなって謝罪の言葉を述べた。だが返ってきたのはあまりにも優しい言葉で伊万里は黙り込むと何かを咀嚼するように口を動かした。 昨晩、無理矢理に殴られ、蹴られ、犯され、挙句放置され、目を覚ますや否や「帰れ」と追い出されたことを思い出す。家に帰り、一人風呂場で体の中に注がれた体液を掻出し、赤くなるまで体を擦り洗ったあの時の虚しさといったら、言葉では言い表せないくらいのものだった。 だからだろうか、志月のぬくもりが伊万里にはとてつもなく熱く、痛く、怖く感じられた。胸が苦しくて自然と涙が出てくる。何もかもが恐ろしくて何が恐ろしいのかわからない。唯、何かが「嫌」でしかたがなくて、伊万里は子供のようにボロボロと大粒の涙を流した。 「どうしたの伊万里くん?! どっか痛い? それとも、やっぱりお仕置ききつかった? ごめんね、今度の遊ぶ日にはちゃんと気持ちよくしてあげるから……」 「ちが、くて……ごめんなさい……」 訳がわからない。だから謝るしか出来ない。伊万里の泣きはらした顔に志月は困ったような顔をすると、伊万里の頭を優しく撫でた。 「謝らなくていいよ。辛いことがあったら直ぐに言って」 「……どうして、志月さんは俺に優しくしてくれるんですか?」 「え?」 「あの日だって、俺の事放っておけば良かったし、今だって、俺の、こんな……変な性癖に、付き合う必要だって……ないはずなのに。それに、話したことをネタに、俺のこと、脅すことだって、出来るはずなのに、そんなそぶり全然無いし……俺に構って、優しくして、志月さんに何のメリットがあるのか、俺、わからなくて」 何のメリットがあって。何の理由があって伊万里の事を可愛がり、別に自分の性癖でも何でも無いSMプレイについてなんて勉強しているのか。 志月は目を丸くしながら首をかしげた。 「メリットって……そんなの、伊万里くんと遊ぶと楽しいっていうのが一番のメリットだと思うけど」 「つ、疲れませんか。志月さん別にサドじゃないのに」 「確かにそうだけど、疲れるって思ったことないし、それに、」 志月は眼を細めて笑うと、伊万里の頬を撫で、そのまま顎を掴んで上へ上げた。 「伊万里くんが嬉しそうにしてる顔見ると――トロトロに気持ち良くなってる顔見ると、俺もすっごく……気持ちよくなるんだよね……ほら、これもメリット。いっぱいあるよ。俺にとっての、伊万里くんと付き合うメリット」 やけに甘い声で言われ、伊万里は顔を赤くして俯いた。 胸が、痛んで腐った果実のようにじゅくじゅくと崩れて溶ける。得体の知れない感覚。体の苦痛には耐えられるのに、今胸を締付けるこの痛みには、慣れていないせいだろうか――伊万里には耐えられる気がしなかった。 「伊万里くん、大丈夫? 何か辛そうだけど。今日は泊まってく? 伊万里くん、お家一人だから、調子悪いのに色々しないといけないの辛いでしょ。泊まっていけば食事もお風呂も俺が全部介抱してあげられるよ?」 「だ、大丈夫です」 今日はこれ以上、この人と一緒にいてはダメだ。何がダメで、どうダメになるのかはさっぱりわからないが、伊万里の頭の中では「STOP」と大きな警告音が鳴り響いていた。 心配して甘い言葉をかけ続ける志月の誘惑を伊万里は何とか振り払い、自分の衣服を着ると――首輪だけは、そういう「ルール」だから志月に外して貰った――、鞄を担いで玄関へ急いだ。不満げに口を尖らせる志月に何度も謝罪の意味を込めて頭を下げ、伊万里は玄関の扉のチェーンを外し、鍵を開ける。それと同時に後から声がかかった。 「ねぇ」 伊万里は思わず振り返る。するとそこには、いつも通りの明るい――しかし、学校の生徒達には見せないであろう艶を孕んで微笑む志月が壁にもたれかかって立っていた。どうかしたのかと伊万里は目で訴える。すると志月は小さく手を振って口を開いた。 「また、遊ぼうね。伊万里くん」 先ほどと同じ痛みが伊万里の胸に走る。苦しいはずなのに、それなのに。伊万里は僅かに微笑むと、静かに頷いた。 「失礼します」 入室時と同じように丁寧にお辞儀をして伊万里は部屋から出て行く。扉が閉まるまで志月は手を振り続けた。 扉が閉まる音。廊下を遠ざかっていく足音。その足音が階段を下る音まで聞いて、志月は扉の鍵を閉め直ぐにチェーンを下ろした。そしてそのまま、その場に崩れ落ちた。 「……馬鹿みたい」 声が震える。 「伊万里くん」 名前を呼べば少しだけ空になった胸がましになるかと思ったが、結果は穴が広がるだけだった。それと同時に頭の中に沢山の人の姿が浮かぶ。 小学校の時、親友だと言っていたのに引っ越し後音信不通になった友人。仲が良かったのに学年が上がって違うクラスになった途端、全く話さなくなった元クラスメイト。別れた後に全くの他人になってしまった初めての彼女。そして、再婚後、相手の連れ子ばかり構うようになった母親。 その他大勢の、自分から離れていった人の顔が志月の頭の中に浮かぶ。 深く関われば、執着すればその分、別離の苦痛は強く、重くなる。だから、特定の誰かに執着するのを止めようと決めた。多くの人と浅く関わっていこうと決めた。 そうすれば、大切にしていた人が自分の元から去ったときに感じるこの、卵も雛もいなくなり空になった巣を眺めているようなこの空虚感も最小限で済むはずだ。そう思ったのに。 何故自分はあの日、大して関わりもなかった後輩に手を差し伸べてしまったのだろう。 「……伊万里くんは、いつまで俺と遊んでくれるかな」 呟きとともに目から溢れた雫が玄関の冷たい床へと落ちる。胸元を強く握りながら、志月はしばらく、何度も伊万里の名前を呼び続けた。

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