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既成事実 6

 自分の口から溢れた言葉に、陽と同じように俺も固まった。 「……え? ええ?! おっ、おれたち付き合ってたの?!」  陽が目をまんまるにして驚いている。  落ち着け陽。いや、落ち着くのはどう考えても俺だ。付き合ってねぇよ。そもそも告白してない。それが出来たらこんなことになってない!  しかし、口から出てしまった以上もう後戻りはできないし、したくない。 「え? なんだよ今更……」  よくもまあこんな落ち着いた声が出せたな! 自分で自分に感心するし、呆れてしまう。  可哀想に、純粋な陽は俺を疑わないから、身に覚えのないことに混乱している。疑問符で小さな頭が破裂しそうだ。 『お前は自分を正しく見せるのが上手い』と友人に言われたことを思い出した。それは日頃の行いのせいであって、俺の意図するところではない。だけど今はそれで乗り切るしかない。 「で、でも、雲雀も告白されてたよね?! 恋人(おれ)がいるのに?」 「まあ、皆には言ってないからなぁ」 「え? あ、そ、そっかぁ……」  陽は納得したように頷いている。嘘ではない。皆には言ってない。だって付き合ってないからな! 「……でも、いつから……?」 「中学の時に、俺が「付き合うなら陽(みたいな可愛くて優しい子)がいいな」って言ったら、お前は「おれも、雲雀(みたいなかっこ良くて優しい人)が好き♡」って言ってたよ」  うん、これもぎりぎり嘘じゃない。正確じゃないけど。そう、この時告白しようと思っていたけど、陽の「好き♡」って言った時の笑顔と声が可愛すぎてそれどころじゃなくなったんだ。 「……そうだっけ……?」 「そうだよ。忘れちゃった?」 「……うん! そうだったかも!」  ずっと訝しげな、不思議そうな顔をしていた陽の表情がついに晴れた。不安で揺れていた瞳はきらきらと輝いて、ぱちぱちと瞬きしている。少し呆然としているが、完全に信じてくれたらしい。 「恋人だったんだおれたち……」 「そうだよ?」 「……ご、ごめんね? 他の人と付き合ってみようかな、なんて言って……」  陽は再び瞳を潤ませて、悲しそうに眉を寄せている。自分を責めているかもしれない。胸が潰れそうだ。引き止めるためにいろんなことを言ったが、もし陽が本当に優介が好きなら止められない。最後の良心を振り絞って、あくまでもいつもと変わらない微笑みを向ける。 「陽が優介の方が好きなら仕方ないよ。悲しいけど、別れるってんなら」 「ううん! おれ雲雀が一番好きだよ!」  陽が抱きついてきて、心臓が一段と大きく鳴った。  また陽の好意を試すようなことを言ってしまったのに、陽はどこまでも真っ直ぐに俺を信じてくれる。愛おしさが込み上げて、陽に応えるように抱きしめ返す。 「よかった……。俺もだよ」  心底安堵して溢れた言葉は、情けないけど震えていた。陽が気づかないといい。 「ちゃんとお断りしてくるね!」 「そうだな、早い方がいいよ」 「うん!」  陽の笑顔が眩しい。もう二度と悲しい顔も、不安を押し殺したような笑顔にもさせてはいけない、と俺は心に誓った。  優介ごめん。俺はやっぱり陽の隣がいい。隣で陽が笑ってくれればそれでいい。  この笑顔を手放したくない。   「恋人かぁ……。ふふふ、なんだか照れちゃうね」 「ごめんな。恋人らしいこと何にもしてないからわからなかったんだよな?」 「恋人らしいことって?」  思わぬところで陽が反応を示した。きらきらと期待に満ちた瞳で俺を見つめている。  陽が隣で笑ってくれればそれでいい。そう思ったばかりだったけれど。  ふつふつと込み上げた悪戯心に従って、耳元に唇を寄せて囁いた。 「……したい?」 「うん♡」 「そっかぁ、また今度な」 「うん♡」    陽が期待で瞳を輝かせて、ニコニコと可愛らしく笑っている。  陽の想像する「恋人らしいこと」ってなんだろうな。お前の期待には応えたいから頑張るよ。

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