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宣言

「――それで、どうなってんの?」  翌日、僕の部屋を訪ねるなり茂が聞いた。憮然とした表情は聞かなくても怒ってると主張していて、申し訳なさに僕は小さくなる。 「昨日は弘は帰って来ないし、京は頬に引っかき傷作って戻ってくるなり不機嫌で何も言わないし、俺たち結構大変だったんだけど。なのに、夜は連絡取れないし……」 「ほんとごめん……」  言い募る不満にますます小さくなって謝る。 「弘は弟みたいなもんだし、いいけどな。そんな赤い目してたら怒りたくても怒れない」 「うそ、まだ赤い?」 「結構泣いた? 喧嘩したのか?」  質問には答えずに質問で返され、さらに図星を指されて素直に頷く。 「あらかた、弘がヤキモチ妬いて自爆してんだろ」 「……」  また言い当てられて、気まずく頷く。 「仕方ないな。喧嘩とか初めてだろう? 早く謝れ」  宥めるように言われ、それには首を振る。すると心底意外という顔をして返された。 「仲直りしないの?」 「うん……。もういっかな、って……」 「このまま、終わりにするってこと?」  何をと言わない問いに、一晩考えて出した答えを僕は黙って頷いて伝える。 「そっか……。うん、そうか……」  茂は僕の答えをゆっくりと噛み砕くようにして頷いた。  茂は一人っ子の僕には友達だけどお兄ちゃんみたいな存在で、いつも僕の事を気に掛けて何かと世話を焼いてくれた。言いづらい事も家族よりも家族みたいに僕の事をわかってくれた。もちろん、僕も茂の事は良く知ってるつもりだ。  去年の秋、僕と京の仲を取り持ってきっかけを作ってくれてからも、茂から僕と京の事を聞かれた事はない。「どうだった?」と問われて笑った僕に「良かったな」と言ったのが唯一の反応だ。細かく話さなくてもそれで良かった。だから僕の出した答えに反対はしないだろうと予測は出来ていた。 「後悔しないんだな?」 「うん。――後悔しても、今そうしなかったらもっと後悔すると思う」 「もう、戻れなくてもいいんだな?」 「うん……、」  静かに確認されて、昨日流しきったはずの涙がまた盛り上がる。 「いいんだ。僕が好きだったのは変わらないし、京も好きだって言ってくれたし。でも多分、今のままじゃうまくいかない」 「難しいだろうな」  ずっと考えて、否定して、だけど誤魔化せなかった答えを冷静に肯定される。 「それでも、やれるとこまで頑張ってもいいんだぞ」  それもたくさん考えた。 「やれる自信、ない。僕がダメなんだ。僕に自信がなくて、僕が自分の事嫌いになりそうで。どうしようもない事とか、人のせいにするような弱いの、もう止めたいのに、京のこと考えてたらずっとそういうの考えちゃうんだ。女の子になりたいわけじゃないのに、女の子だったらとか考えるの、もうヤダ」 「そうか」 「京に可愛いって言われるなら女の子になってもいっかなとか思うのヤダ。京が、女の子に……とか、考えたらそんなの見たくなくて死んじゃいそうだし……」 「そんなの、京はないと思うけど」 「そうやって、考えちゃう自分が嫌なんだ」 「でもそれって、普通だろ」 「きっと……、これが最後じゃないと思うんだよね。普通に女の子と付き合ってても、そのまま結婚するわけじゃないじゃん。別れて次の人を選ぶみたいに、今は僕と一緒に居ても、別の人と一緒になる可能性あるなら、京とはいない方がいいのかなって……」 「つまり、自信がなくて傷つきたくないから、いつか別れるなら今終わらせたいって事だな」  上手く説明できないまま、時折途切れながら吐き出した言葉を茂が要約する。容赦ない言い草に責められているような気になった。 「それだけじゃなくて、僕と京は違うから……」  さすがに明け透けに「男が好きだから」とは言い難くて言葉を濁す。 「違う? 好きの種類が、とかそういう事?」 「じゃなくて……、京は女の子に興味あるから……」 「あぁ、そういう……。弘は無いんだな、興味」 「わかんないけど、多分……」  京が好きな事は知られていたけど、今まで突っ込んだセクシュアリティの話はした事が無くてお互いに歯切れが悪くなる。「ふーん」と嘯いて黙った茂が怖くて言い募る。 「茂は気持ち悪いって思う? 聞かれて困るのはわかってるんだけど……」 「ばーか、気持ち悪いわけないだろ。俺の事好きって言われたら困るけど、違うだろ」 「やっぱ、困るんじゃん……。今だけじゃなくて、将来とか考えたらさ、やっぱり、困るじゃん」 「そういうのじゃない。弘、美華に好きって言われたら困らないか?」  突如、茂の妹を引き合いに出され咄嗟に「困るね」と答えた。 「そうだろ。家族みたいな奴に好かれても困るだろ。それは男とか女とかは関係ない。つまり、そういうことだ」 「あ、うん、そっか……、ありがと」 「礼を言われるような事じゃない」  ふう、とため息を吐いて茂が言う。 「そういう自分の性的指向は、どうあったって悪い事じゃないんだから胸張ってればいんだ」 「うん、でもさ……」  この罪悪感のようなものをどう言ったら解ってもらえるんだろうか。 「だけど、それを京にも押し付ける事になって申し訳ないとか、辛いんなら、それはそれでいいと思う。……それだけ、京が好きって事だもんな」  急に優しい言葉をかけられ、グッと言葉に詰まる。 「俺は、辛いのに頑張れとは言わない。京がなんて言うかは知らないけど、弘は決めたんだろ」  涙を堪えて頷くけれど、耐えきれなかった涙がポロリと落ちる。 「そうなら仕方ない。昨日途中で帰ったのも大目に見てやる。大方京と喧嘩したんだろうって思ってるけど、自分でフォローしろよ。あと、俺は中立だから、前も手を出し過ぎたと思ってたんだ。話くらいは聞いてやるけど、何も手助けしないからな」  茂がこれでお終いとでも言うようにわざとらしく明るく念を押した。僕は、いつも茂に助けられてる。 「わかってる。ありがと」  ふむ、と頷くと「よし、じゃあ、今日のノルマに取り掛かろうか」と茂はスマホを取り出し、嵌っているオンラインゲームのアプリを立ち上げた。

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