12 / 41
いま 1
先輩のように強くなりたい――。
そう願ってから一年半。僕は何か変われただろうか。
あれから京を遠くから見かける事はあったけれど、直接会うことはなかった。それでも京を好きな気持ちは簡単には消えなくて、今でも時折夢に見る。京の事を夢に見て朝からみだらな妄想をし自分を慰めている。
一見変わらないように見えるけれど、少しずつでも前に進んでいると信じたい。でなければ過去の自分も報われないし、僕の我儘で振り回してしまった京にも申し訳が立たない。
虹也先輩に出会った事で僕は随分と前向きになったと思う。
『女の子に生まれていたらどんなに良かっただろう』
そう思う事はあっても、自分が男であること、男性を好きな事に対する罪悪感は随分無くなった。
それと比例するように、幼い嫉妬心と劣等感で京との関係を一方的に絶った後悔は増したけれど、それでも「あの時の僕はああするしかなかった」と思えた。あの時京に縋り付いていたとしても、いずれ僕は傷ついて、京を傷つけて別れてしまっただろう。
京と離れてから一年半、寂しさを紛らわすために打ち込んだ文化祭実行委員がきっかけで生徒会の役員もして、勉強も手を抜かないように頑張った。自信がないままではいたくなかったし、何かで時間を埋めて、僕の中をいっぱいにしたかった。
そのおかげか丸顔で童顔が肉が削げて縦に延び、年相応には見られるようになった。身長は一七六センチまで伸び、どちらかというと背が高い方になって、過去を知らない人が見たらほんの二年前まで女の子と間違えられていたなんて思いもしないだろう。
初恋を思い出して朝からセンチな気分になるのにふたをして、出掛ける準備をする。
つい先週まで白い息を吐きながら足元の氷に気を取られていたのに、今はもう木の芽が膨らんでぽかぽかと暖かい日が差している。学校は春休みに入り僕らは束の間の自由を謳歌していた。春、学校が始まれば今度は三年生。そこからは受験まっしぐらになるのは想像に易い。
一年半の間に僕と虹也先輩は随分と親しくなった。お互いの家も行き来するし、学校でも時間を合わせてよく一緒に居た。それはいつも僕を気に掛けてくれた先輩のお陰で感謝しかない。
その虹也も進学の為に明日上京する。今夜は地元最後の夜だからと、朝まで二人で語り明かす予定だ。
「弘とここで夜通し話すのも最後だなぁ」
部屋の天窓越しに星を眺めながら虹也がしみじみと言う。
二階にある虹也の部屋は天窓が付いていて、初めてこの部屋を訪れた時は驚いた。僕らは部屋の灯りを落として天窓から星空を眺めながら話をするのが好きだった。春が来たとは言え夜の冷え込みは強く空気が澄んでいて、今夜も満天の星空がキラキラ煌めいている。
「僕この天窓好きだったなぁ」
「俺も。東京楽しみだけどこれが無くなるのは寂しいな」
セミダブルのベッドに並んで寝転び、恋人同士ならムードは満点だ。けれど長い事一緒に居ても頼りにしていても、そういう関係にはならなかった。
「俺、最初は弘と付き合ったりもありかなって思たんだけど、結局そんな事にはならなかったね。恋人同士なら今、最高じゃない?」
「最高だけど、ならなかったですね」
「恋人とこの窓見上げたいってずっと思ってたんだよなぁ、そんな機会なかったけど。……弘、今からでもしてみる?」
「なにをするんで……?」
ギシ、とベッドのきしむ音がして先輩がこちらを向くのに驚いて飛び上がる。虹也の表情はにやりと笑っていて、すぐに揶揄れていることに気付く。
「先輩、面白がってるでしょう」
「すぐバレちゃうか」
「最初会った時は俺より背低くて可愛かったのに、今じゃ少し抜かれちゃったもんな。成長期恐いよ、イイオトコに育っちゃって。俺は今の弘のが好みだけど」
「僕もこんなに育つなんてびっくりでしたよ。先輩は変わんないですよね、ずっと。見た目もどこまで本気か判らないのも」
「それが持ち味ですから。……でも、弘の事はなんとかしてやりたかったんだけどなぁ」
「なんとかって……」
「やらしい意味じゃなくて、可愛いのに泣きそうな顔してコンプレックスの塊で純情で一生懸命で。弘に恋人出来るの近くで見たかったよ、本当に」
軽口だと思えばしんみりと言われて、そんな風に思われていたのかと驚いた。
「初恋は忘れがたいけど、そこにずっと囚われてるのはもったいないじゃん。好きな人作ってその人と一緒に東京に遊びに来てよ。弘の恋人になるってどんな奴なんだろうね。いいなぁ、俺は弘に大事に思われてみたいよ」
「先輩だって、大事ですよ」
「知ってるよ。でも恋人は特別だろ。弘みたいな子に一途に思われるってどんなだろうね」
「僕は普通だと思うけど、先輩は恋人いたでしょう」
特別みたいに言われると居心地が悪く、虹也の話題にすり替える。
「とっくに別れちゃった。遠距離になっちゃうからね、あっちで新しい恋人探します」
「またそんな……、先輩こそ一人とゆっくり付き合えばいいのに」
虹也はとっかえひっかえというわけではないのだけど、一人と長く続く事はなかった。それこそもったいないと思うのだけど。
「俺はこれでいいの。弘は感じた事もないかもしれないけど、一人を好きでいるってけっこう難しいんだよ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんです」
虹也には虹也の、僕には僕の、お互いにはわからない理由があるんだろう。恋愛って難しい。
ともだちにシェアしよう!