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いま 2

 しばらく黙り込んで星空を眺めていると虹也が静かに聞いた。 「ねぇ弘、手繋いでいい?」 「手ですか? どうぞ」  弘が寝転がったまま手を差し出すと、温かくて指の長い手が触れる。案外こんな風に先輩と手を繋いだ事はなかったな。指の間をするっと撫でられ「恋人繋ぎ」と虹也が指を絡めて掲げると、星空に繋いだ手のシルエットが浮かび上がる。  心は少しざわりとするけれど、京と手を繋いだ時みたいな息が止まるみたいなドキドキはない。  しばらくして虹也がもう一度聞いた。 「ね、抱き締めてもいい?」  え? と驚くと、星空を眺めたままの虹也がゆっくり弘を見る。 「何もしないからハグだけ」  ドキッとして一瞬迷ったものの嫌とは言えずに「いいですよ」と弘は身体を向ける。  ギシ、とベッドの音をたてて虹也がゆっくりと弘を抱き締める。背中に回された手に慣れた頃、弘がそろそろ息を吐くと、虹也も同時に息を吐いて、お互いの緊張を感じて二人で笑う。 「弘は恋人じゃないから、友達のハグかな。何もしないでこうしてるの、好きなんだよね」 「僕も、好きですよ。こうしてるの……」 「お、意外と経験豊富? 俺の知らない秘密あったりして」 「ベッドの上は初めてですけど!」 「ベッド以外で? 激しいなぁ」 「もうっ、何もしないでハグ、ですから!」 「あはは、ごめん、ごめん」  笑ってぎゅっと力を入れられる。 「何もしないでハグだけってあんまりした事ないんだ、俺。いつもはシタゴコロが一緒に付いてきちゃうから。だから、本当に弘は特別」 「僕だって、先輩は特別です」 「両思いだ」 「ちょっ……、変な事しないで下さいよ」  まさか先輩が僕を好きってことは無いだろうけど、なんとも言えないくすぐったい空気に、危機感が煽られる。 「あ、そんな気になった? 俺はいつでもチャンスを狙ってるよ」  虹也はわざと囁くように耳許に口を寄せて言い、弘の動きがピクリと止まる。 「ザンネン、警戒されちゃった」  そう言うと虹也は弘を抱いたまま上半身だけ少し離した。 「大丈夫、本当に何もしない。そういうとこも弘は特別なんだ。一緒にいても下心よりも親愛感じてるの。恋人より信じてるし、家族より近いみたいな。俺が欲しかったのは恋人より弘みたいな存在だったのかも、友達以上恋人未満みたいな」 「それだと、恋人より劣ってますよ」 「あれ、そうだね。おかしいなぁ」  虹也の言おうとしている事はよくわかる、と弘は思った。 「その辺も、先輩と両思いみたいです。僕は応援してくれる友達はいたけれど、先輩に会って初めて仲間だと思ったし、先輩みたいになりたいって思いました。先輩がいつも僕の事を気にしてくれるの嬉しかった。先輩がいたから京と別れても前向きになれたし、頑張れた……」 「そう言ってもらえるなら良かった。ほんとに俺こそ弘に助けられてたよ。俺、親にゲイバレしたきっかけがレイプなんだよね、しかも初体験」  弘は告げられた言葉の重さに驚き、間近にある顔を見つめる。 「それ自体はもういいんだ。セックスしてみたかったし、それが良いことも知れたし。だけど身体だけ強引に大人になって、恋愛って何だろう、こんなもんなのかって諦めてたけど、弘を見てたら癒されたんだ。最初は失恋に漬け込んでモノにしようとか面白がってたけど、気が付いたら大事になって俺の方が弘に憧れてた。モテるのに女の子と付き合ってみようとかないし、俺の元カレに迫られても全部断ってただろ」 「知ってたんですか?」  弘は言いづらくて隠してた事まで言い当てられて驚く。虹也と別れて直ぐに、あるいは付き合っている時でも言い寄って来る男の軽さに辟易して『こんな男のどこがいいのか、別れて正解』と何度も思った。 「ごめんね、俺が軽いせいで弘にまで嫌な思いさせて。弘が相手にしてないの分かって安心してた。俺、勝手に弘は少女漫画みたいな恋愛して欲しいって思ってたんだ。片思いして告白して付き合って、手をつなぐまでに1ヶ月みたいなの」  最後は笑って言われた。京相手に乙女みたいに期待して、そう扱われたいと想っていた。弘は願望を言い当てられている様で恥ずかしくなる。 「そういう恋愛したかったの思い出して、弘見てるとくすぐったくなった。それで可愛くなった。せめて弘には、そういう恋愛諦めて欲しくないなって勝手に思ってる。さっきは好きな人作って、なんて言ったけど……、京くんの事、まだ好き?」 「一年半も経ってるし……、今はあの頃みたいは……」 「そうなんだ。じゃあ、忘れられた?」 「……」 「やっぱりね。忘れられないのは、好きなのと同じだと思うよ」 「それは、違うと……」 「違くないよ、好きだから忘れない。未練があるんでしょ?」 「未練なんて……」 「本当に?」  覗き込んで言われて弘は言葉に詰まる。  本当は、未練だらけだ。好きだった。諦めたくなかった。好きになって欲しかった。だけど、本気すぎて怖くなって逃げた。京のためなんて言い訳しても、女の子と比べられて捨てられるのが怖かっただけだ。今だって逃げたまんま……。 「あるでしょ、未練。ぶつけちゃえばいいのに」 「そんなに簡単に行かないです」 「簡単だよ。ちょっと勇気出すだけ」  ちょっとじゃない、簡単じゃない。って思うのに、虹也に笑って言われると出来るような気がする。 「今更って思われないですか?」 「今更、でしょ。ちゃんと向き合わなきゃいけない時に向き合わなかったら、その時が過ぎちゃえば何時になっても今更なんだと思うよ」  励ますような言葉の次に容赦なく言われて上向きになった気持ちがすぐにへこむ。黙り込んだ弘の頭を虹也がぐりぐりと撫でる。 「弘は身体は大きくなったのに、心はちっちゃくて可愛い乙女のまんまだね」  コンプレックスをそのまま言い当てられ、胸の中からぐっと涙が盛り上がってくる。 「言わないで下さいよ……」 「そこが可愛いって言ってんの。大丈夫、弘は可愛い」  頭を撫でて慰められ、弘はほろりと涙を溢した。

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