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いま 3
先輩が可愛いと言ってくれても、僕は以前とはだいぶ変わってしまった。今ではかっこいいと言われる事はあっても可愛いなんて言われない。女の子になりたいわけじゃなくても、成長期前の性別不明な外見のままだったらと思う事はある。どこからどう見ても男になってしまった僕が、女の子が好きな普通の男に受け入れて貰えるなんて思えなかった。
だけど、未だに夢に見る程に京に捉えられている。
いつか、王子様がやってきて恋に落ちる――。なんて信じて待てる程夢見がちでもない。どこかで区切りを付けないといけないのは解ってた。
今年は高校三年、来年になったら僕は大学、京は恐らく就職だろう。住んでいる場所が違えば、もう同級会でもない限り一生で何度会えるかもわからない。地元の大学という選択肢もないわけじゃないけれど、僕は虹也先輩と同じく首都圏の大学を志望校にしていた。
ド田舎というわけでもないが都会とは言えない地方都市は、マイノリティの僕には少し過ごしにくい。ここで一人で一生を終えていく想像はできるけれど、誰かと一緒に生きていく未来は想像できない。虹也先輩はここでも彼氏がいたのだし可能性はゼロではないけれど、一人っ子の僕はとてもじゃないが親にゲイだと告げる事は出来そうもない。けれど、たとえ一時でもいいから誰かと手を取り合って生きてみたいと「将来の事を考えて」と言うには些か不純な動機が志望校を決めた理由だった。
これから一年をやり過ごしてしまえば京に会う事も無くなって、名前も聞かなくなって、思い出も何もない土地でゆっくり忘れていくかも知れない。
けれど、どうせ今以上に離れてしまうのなら、気まずい思いをしても、笑われても「好きだったんだ」と告げるくらいはいいんじゃないかという気もしている。いつか「男に好きと言われた事がある」なんて話題にされても知らなければ傷つくこともないだろう。
僕は隣ですうすうと息を立てて寝ている虹也先輩を見る。だいたい僕の方が先に寝落ちてしまうので虹也先輩の寝姿を見るのは珍しいのだけれど、さすがに引っ越しの行ったり来たりで疲れているんだろう。
一年半前出会った頃の先輩は京と同じ位の体格だった。出会った頃の僕は身長も肩幅も先輩より一回りも二回りも小さかったのに、今では、背格好も繋いだまま寝た手も同じくらいの大きさだ。先輩はほとんど背は伸びていないと言っていたけど、今の京はどうなんだろう。覚えているより大きくなったのかな。
会っていなくても頻繁に思い出していたので、僕の知らない京がいる、というのは頭で理解していても不思議な感じがする。
「……すき……、かぁ……」
京に言ってもいいのかな、と呟いた。拒否されるのが怖い。無かった事にされるのも怖い。だけど一年半前傷つくのが嫌で、先に拒否して無かった事にしたのは僕だ。なのに、忘れられないからとまた自分勝手にほじくり返していいのだろうか。
「ほんと、ダメだなぁ……」
大きな溜息が零れた。誰かを、例えば虹也先輩を好きになれれば良かったのに。
京と別れた後、タイミングを合わせた様に幼馴染みで親友の武に彼女が出来て、寂しかった僕の隙間に虹也先輩はするりと入って来た。柔らかい王子様然とした顔にドキリとした事は一度や二度じゃない。見た目とそぐわない粗野な性格も好きだし、何より同じ性的指向で僕を理解してくれていた。隠さなくていい、取り繕わなくていいというのは思った以上に楽で、先輩といると素の自分を好きになれた。
先輩に会ってすぐの体育祭でサッカーの試合を眺めながら「男は身体だよなぁ…。キーパーやってる先輩、あれで抱き締められたらヤバくねぇ?」と言われた時には度肝を抜かれた。そのすぐ後にバスケの試合で「あんなにちっこくて可愛いのに、速攻でいきなり点取っちゃうとか格好良いよな! 可愛くて格好良いって最強!」とうっとり言われて「この先輩はどうなってんだ!?」と目を白黒させたのが懐かしい。
後に僕の心を開くためにわざと言っていたと知るのだけど、言う事全ては本音だと言わんばかりに、先輩の彼氏は一つのタイプに縛られる事が無かった。男らしい系、可愛い系、きれいなお兄さん系……、本当にバラエティ豊かだった。そんなふうに恋人がコロコロ代わる軽い所もあるけれど、そのおかげで京の以外の人を好きになる可能性にも気付けた。だからと言って、他の誰かを好きになれたわけではないのだけれども。
誰かじゃなくて、僕がどうしたいのか。
理由とか、言い訳じゃなくて、どうなりたいのか。
何度ぐるぐると考えても答えは一つで、後悔と未練、僕の心の中はそればかりだ。
恋愛じゃない事で一杯にしたくて、自信が欲しくて頑張ったのも、みんなみんな原動力は一つだった。
「まだ、頑張れるかな……」
結果はどうなるかわからない。モテる京の事だからもう遅いかもしれないけれど、先輩の応援してくれる気持ちには応えたいと思う。
全て手放して逃げ出したあの時より、強くなっていると信じたい。
翌日は仕事のご両親の代わりに僕がターミナル駅まで見送りに行った。家を出る時、先輩の年の離れた弟が泣いて拗ねたのが可愛くて微笑ましく見ていたのに、いざ駅のホームで見送る段になると僕が泣いてしまいそうだった。
平気な振りで見送ろうとしているのに、先輩は「餞別」と言って僕をぎゅっと抱きしめて頬にキスをして笑った。
「泣くより、笑ってな! いい事あるから!」
いつか、どこかで聞いた言葉を残して先輩は電車に乗り込み、ドラマのようにキラキラした笑顔を振りまいていく。
びっくりした僕の瞳からは涙は引っ込んで、またね、と手を振った。
やがて電車が出発し、騒音と共に行ってしまうと駅のホームはやけに物悲しくなる。誰かを見送った人達は、やれやれという風だったり、笑顔だったり、泣き顔だったりして、それぞれの別れを惜しみ帰路に着く。さて、僕も帰ろうと歩き出すとスマホに新着メッセージ知らせが入る。
『電車の思い出増やせた?』
先輩からのメッセージに、そういえば京と喧嘩して乗り込んだ電車は隣のホーム発だったな、と思い出した。わけがわからない感情に振り回されて、ボロボロと泣きながら家に帰った。あんなに自分が制御不能だったのは後にも先にもあれだけだ。「泣くだけ泣いて、あとは笑ってればいいことあるものよ」おばさんに掛けられた言葉をふいに思い出す。「笑っていれば」それを励みにして、たくさん泣いてお終いにしよう、と思った。
だけど、心に引っ掛かりがあるままじゃ、後悔と未練ばかりで笑えない。
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