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再会 2

 それまでは多少緊張してるだけだったのに、扉の前に立つと弘の手は震え心臓が破裂しそうに騒ぎ出した。けれど緊張して開けたカラオケボックスの部屋に京は居なかった。キョロキョロと見回して落胆とも安堵ともつかない息を吐くと、武が「京はバイトから直行だから少し遅れるって」と教えてくれる。弘は死刑宣告が伸びたような気分で噂話にかしましい女子や久々の再会を楽しむ級友達に混ざる。  結局「ワリィ、バイト終わんなくて遅れた」と京がやってきたのはお開きになる30分程前。  弘の記憶の中より幾分か精悍になって男らしさが増し、一目見ただけでドキンと心臓が鳴って目が離せなくなる。その視線も直ぐに「待ってました」と京を質問攻めにする女子に強引に遮られた。  昔だったら「めんどくせーな」と適当な返事で切り上げそうなのに愛想よく応えている。僕も、と割り込みたいのを我慢して解放されるのを待つが、お開きになっても解放される気配がない。それは見かねた武がやや強引に「男同士の二次会」と引き抜くまで続いた。  茂や武達からやや遅れて京と並んで歩く。春めいて来たとは言えさすがに日が落ちると寒くて、前を歩く友人たちは「ラーメン食べたい!」とラーメン談義に花を咲かせている。中学時代の通学路はあの頃に戻った様に錯覚させるが、隣を歩く京も肩越しに見える景色も2年前とは違っている。 「久しぶりだな。凄い背が高くなってて見違えた。どれくらい伸びた?」 「一五センチ位かな。京も大きくなったよね」 「うわっマジか、俺抜かされそう」  身長差は縮んだけれど体格のせいか京の方が大きく見えた。見上げるばかりだった表情も今は隣に並んでいて、弘はこっそりと見惚れる。  昔より格好良い。見た目は派手なままだけど中学時代の尖がったところが削れて柔らかくなり、昔を懐かしむ表情や仕草にドキリとさせるような奥行きを感じる。  彼女が京を変化させたんだろうか。そう思うとツキリとする嫉妬を感じた。責めるつもりはないが嫉妬する資格も無い事を思い出し、視線を落として何回も通った道を見る。 「ごめん……、連絡しなくって」 「ん……」  覚悟を決めて普通に話したつもりが声が震えて最後は聞き取りにくくなった。考え込むように京が黙り、弘は京の言葉を待った。 「……正直、怒ってたしショックだった。茂に待ってやれって言われて待つつもりだったけど、……俺、今は彼女いるんだ」 「うん、武から聞いた」 「女子高行ってる子で告白されて一年位付き合ってる」  探るように顔を覗かれて弘は笑顔を作る。 「俺を好きって一生懸命で可愛くて、振り回される事もあるけど、大事にしたいんだ」 「だからやり直せないよ」と言外に言われ、京の事を忘れられずやり直したいと思っている自分を見透かされる。直接聞く京の言葉が重く、自分勝手で傲慢だと責められているようでずぶずぶと地の底に沈みそうだった。無理矢理に作った笑顔がへにゃりと歪む。 「ん……、わかってる……」 「だからさ、弘も俺の事気にしないでいいって言うか……」  それは、もう俺に構うなとかそういう事だろうか。 「弘も、付き合ってる奴いるだろ、先輩だっけ?」  ……ん? 「話は聞いてたんだけど、この前駅で見ちゃってちょっとびっくりしたよ。だからさ、お互い様って事で──」  んん? 何か、勘違いされている気がする。 「駅で?」 「一週間位前かな、特急乗り場で彼氏と抱き合ってただろ」  言われて、弘は虹也の見送りに思い当たる。あれは虹也からの一方的なハグで抱き合っていた訳ではないが、見た人にはそんな事はわからない。 「あれは違って──」 「大胆でびっくりしたけど、俺には隠さなくてもいいじゃん」  咄嗟に言い訳をしようとしたが、京に畳みかけられ弘は黙った。 「何で、僕って分かったの? 人違いかも知れないよ」 「実は、彼女が結構ミーハーだから弘の事も噂で聞いて知ってたよ。背高くなってるのも、彼氏いるのも聞いてた」  後半はものすごい勘違いだけれど、それならさっきの『俺の事を気にしないで』も納得できる。つまりは、弘が京から虹也に乗り換えるために京と連絡を絶って別れた、けれど自分にも彼女がいるしもう負い目を感じ無くていい──と、そういう事なんだろう。  自分の気持ちがそんな風に疑われるなんて思いもしなくて、だけど、そう勘違いをされているのならそのままの方がいいのかと狡い考えが過ぎる。  恋人としてやり直せる隙がなくても、恋人がいると嘯いていれば友達として付き合ってくれるだろうか──。逡巡した後、弘が答える。 「内緒にしといて。色々困る事もあるし……」  言ってしまった。  後で辛くなるのも、困るのもわかってる。それでも弘は、つい縋り付いてしまう自分を止められない。 「分かってるって」  ニコリと笑って京の手がトンと弘の背中に触れた。触れた手の位置は覚えているそれより伸びた身長分だけ低かった。弘にとって体格の違いは、そのまま友達にしかなれなくなってしまった京との関係の象徴だ。 「もう一度、友達な」 「うん」  京の言葉に、泣きそうな心で頷いた。 『好きだった』って『今でも好きだ』って言いたかっただけなんだけどな……。  弘は、その機会を自分で潰してしまった。

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