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どうして? 2
言葉通りに東京行きの切符を払い戻すと京は手を離した。
──けど……、近い! 近いんだけど!?
弘のそばにピタリと迷子になるのを怯えている子供みたいに付いてくる。これでは電話も掛けられないしメールも問い詰められそうだ。仕方なくトイレの個室に入るが、案の定京はトイレの出入り口で弘を監視していて電話はできず虹也にメッセージを送る。
『ごめんなさい。今夜は行けられません。駅で京に見つかって、電車乗る前に引き留められた』
メッセージを送るとすぐに既読が付き返信が来た。
『オハヨ。どういう事?』
『僕もわかんない。けど、なんか機嫌悪くて、行くなって』
『嫉妬!? やったじゃん!』
『嫉妬だと思う?』
『他に考えられないでしょ。今は?』
『駅のトイレ』
『監視付きか。行かないとマズいんじゃない』
「弘、まだ?」とタイミングよく京に声を掛けられ『もう行く、あとでね』と返す前に『後で報告待ってる。がんばれ』と返信が入り相変わらずの状況把握能力を発揮する虹也に助けられる。
個室から出ると待っていた京は相変わらず不機嫌で「こっち」と弘を従えて先を歩いて自宅方面の電車に乗り込む。二人でドアの側に並んで立ち、外の景色を見る。ガラスに写る二人はどこから見ても友達のそれで、安心するけれど、ちょっと寂しい。
「どこ行くの?」
気まずい沈黙に耐えきれずに聞くと京は「俺ん家」とだけ答えて黙ってしまう。盗み見る京の姿は不機嫌丸出しで、だけどそんな姿すら格好良くて弘はこっそりと見惚れる。
「今日はバイトないの?」
「代わって貰った」
「……そっか」
──それってトイレにいる間に? それとも、元々デートだから? でも、これから彼女に会うのであれば僕と一緒に居るはずないし……。
友達なら簡単に聞ける事が聞けなくて弘は悶々とする。けれど、これじゃあ前と同じだと思い直して、恐る恐る聞いてみる。
「彼女と会うんじゃなかったの?」
「まぁ。もう会った。……そんな事、弘に言ったっけ?」
「直接は聞いてないけど、そうかなって」
「ふーん。隠したわけじゃないけど……」
「言わなきゃいけない事じゃないしね」
──隠したわけじゃないけど言わないって事か。
面白くない、けれど弘だって一緒だ。虹也の所に行く事は言ってない。お互いに『友達』と言いながら、どこか意識している。
──普通の友達になんてなれない……。それは、僕が京を好きだから? 僕がまだ京を好きな事、京が気付いているから? それとも、過去の自分に言い訳してるだけなんだろうか。
お互いに黙り込む。時折電車が揺れて身体がぶつかると、京の身体からフワリとボディソープが香る。割と暑かったのにお風呂入りたてみたいだ、と思って気付いた。
──あ、彼女と会ってきたって、そういう……。
ドキリとした匂いも、理由に気が付いてしまうとグッと心臓が引き絞られるような妬みに代わる。付き合ってるって、彼女だって言うんだから、それくらい……と思うのに、京と彼女のソレを想像ながら慰めたことだってあるのに、身体の中からゾワリとする何かがいっぱいに湧き上がって来る。
「弘だって……だろ」
京が何事かをボソリと呟くのに「?」と仕草で聞き返す。
「弘だって隠してただろ。恋人の所に泊りで行くなんて、聞いてない」
「そう、だけど……」
俯いて、喚き散らして泣き出したいのを我慢する。
──そうだけど、本当は虹也は恋人じゃない。それに、京は僕の事に興味ないだろ? 彼女の方がいいくせに……。
「唇、噛んでる」
言われて顔を上げると、京と目が合って弘は慌ててまた俯く。
「前は隣に並んで俯かれたら顔なんて見えなかったのに、今は良く見えるな」
だからだろうか、京の視線が近い。落ち着かない。無意識に噛みしめていた唇を離したけれど、そしたら涙が出そうで唇に力を入れる。
──変な顔してるんだろうな……。
弘は顔を見られたくなくて京に背中を向ける。すると京がトンと背中を預けてくる。ゾクリとして、それから温かさにほっとする。
──なんで? どうして、そんな親し気な仕草をするんだろう? 前と違うのに、前と同じなのはなんで?
そうして欲しいのに、今の京にそうされるのは辛い。背中の温度に安心する。けど、それが自分のものじゃないなら、目の前にぶら下げるみたいな真似しないで欲しい。相反する気持ちにグラグラ揺さぶられる。背中で感じる温かさが、何より一番怖くて、欲しい。
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