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二人の関係
『それでどうなったの?』
虹也の声はワクワクと弾んで期待と好奇心に満ちていた。
京の家に泊った次の日、弘はお詫びと報告を兼ねて虹也に電話をしている。駅で京に呼び止められてから勢いで告白した事までをかいつまんで話し、冒頭の言葉に続く。
どうなった……と聞かれても、その後をありのままに話すには躊躇いがあってどう伝えるか迷う。
「戻ったら寝てたからそのまま寝ましたよ。そしたら夜中に彼女と間違えられて……」
結局、自分が寝ている京相手に抜いた事は伏せる事にする。
『間違えて、襲ってきた?』
「……キス、されて、」
『もしかして……、それでやっちゃった?』
「……! まさか!! ……でも、京は自分でしてたけど……。それだけですよ」
『キスしながら自分で抜いてたって事? ……ねぇ、それって間違えたんじゃなくてわかっててやってるんじゃないの?』
「だって、最初に彼女の名前読んでたし……」
『えー……彼女と間違えてるのにキスだけって事はないでしょ』
「した事ないキスしてきたし……」
『口の中舐められちゃった?』
「……相手が僕ってわかってたらそんな事しないでしょう?」
『むしろ、彼女相手にキスしながら自分で抜くだけっておかしくない?』
僕も不思議に思っていた所を突かれて黙る。
『彼は彼女とはプラトニック……なわけないよね?』
「は、ないと思います。一昨日はデートの後だったみたいだし……」
『ますます、間違えた路線はないじゃん! 絶対わかってやってる~!! 流されちゃえば良かったのに。傷つくの嫌で拒んだ?』
「流……されても、いいかなって思ったんですけど……そのまま何もしてこなくて寝ちゃって」
『え……その状況で寝れるって、何。二人は修行僧なの? そもそも……弘だって勃っちゃったでしょ?』
「……えっと……、そう、なんですけど……」
『触られた……んだったら、それほとんどセックスじゃん!』
「してません! ……してないんですけど……」
『自分でしちゃった感じか。……いや、むしろキスだけでイカされちゃったか』
「……っ」
電話だから見えてる筈はないんだけど、僕は赤くなって思わず黙る。
『マジか……。うっわ……、弘って予想に違わず可愛いよね。時折、先輩ポジションを本当に後悔するよ。──それでその後は?』
「朝、寝起きにキスしてみたけど……」
『拒否された?』
「拒否、なのかなぁ……。なんかやんわりと……」
『えー、じゃあ、夜の事は全く無かった事に?』
「無い事にはならなかったけど、それには触れない感じでしたね」
『どんなつもりか聞かなかったんだ?』
「好きって言った時、彼女いるから応えられないって言われたし……、言葉で拒否されるの、怖くないですか?」
『それで引き下がっちゃったの?』
「その後もキスしてみたけど、拒否はしないで躱されるというか、流されちゃうというか……」
『嫌がりはしないけど乗ってこない?』
「そう。なので諦めが付かなくて……」
『わかる、それは諦められない! というか、押せばいけそうな……?』
「と思いますよね?」
『翻弄されてるね~。で、弘は頑張ってみるんだ』
「もう少し押してみようかな……」
『そっかぁ、傷ついてもいい覚悟が出来たなら後悔しないように頑張りなよ。俺は応援する』
弘は明け透けな好意をさらけ出したのが少し照れくさくて、意味もなく笑う。
だけどずっと彼女の存在が気に掛かっている事は胸の内に飲み込んだ。弘はこの苦しさごと京への気持ちを優先させようって決めている。そんな事、虹也もお見通しなんだろうけど……。
その日は久々の虹也の声に他愛ない話しで遅くまで盛り上がった。
虹也と話をすると、胸の中の澱が消えて頭の中がスッキリする。同じように、虹也に頼りにされたいと思いながら虹也には支えられっぱなしだ。
今も本当はどうしようか少し迷っていた。京に彼女がいるのに奪うような事をしていいのかとか、もっと強引に迫った方がいいのかとか、そもそも京が弘に見せる隙みたいなものは勘違いじゃないかとか……。だけど、虹也と話をしてはっきりと自分の意思が固まる。
──京を取り戻したい。ダメなら、一度でもいい、本気じゃなくてもいい、少しの時間でいいから自分の気持ちのままでいたい……。
京の家に泊ったあの日、朝早くに朝食を食べてからは、気恥ずかしさはあったけど気まずさは無くて、昔に戻ったみたいにゲームをしたり映画を見て過ごした。そして、京が思わずといった風に時折見せる親密さは弘を期待させた。
期待と全てを知られて後がないという思いが弘を積極的にさせて、いくつもの小さなスキンシップを仕掛けた。弘の仕掛けるそれは失敗も多かったけれど、その物慣れない様子は返って京をドキドキさせる。
帰り際の玄関に並んで立ち、呼び止めて振り向いた拍子に唇を奪った。
呼び止めた声も腕を掴んだ手も震えて、だけど唇が触れるとそこから温かくなる。『あぁ、京もこんな気持ちで何度もキスしてくれていたのか』と思うと気持ちが溢れて、掴んだ腕を強くぎゅっと握る。
何年もかけて遠回りして、ようやく弘は一方的な想いでなく、京を知っていく。
泣きそうになりながら、掴んだ腕を離した弘を京は困って見ていた。
「わかってる。彼女、でしょ。でも少しだけ……。嫌だったら止める」
「嫌……じゃないけど、でも」
「だったら、少しだけ……。僕が諦められるまででいいから……、ね?」
ずるい事は理解っていてそれでもねだる弘に、京は拒む機会を失う。
それからはなし崩しだった。弘はしつこくない程度に頻繁に京を誘い、時折は二人で会う。時にはバイト終わりの時間に合わせて会いに行く。仲の良い友達の範囲で遊びながら、人目から隠れて京にキスをする。
以前と違うのは京には別の恋人がいる事。それからキスをするのはいつも弘からで、京は拒まないけれど困った様に笑う事……。その違いに胸が痛くなりながらも、弘は誘蛾灯に誘われる虫みたいに京を誘い触れる事を止められない。甘い蜜みたいな二人でいる時間を手放せない。
それから……、京に着けられた官能の灯がずっと燻っていて、それが弘を中毒患者のように夢中にさせている。
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