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二人の関係 3

 ──マズイ……。  京は無自覚だった自分に焦る。頬にキスされて、はにかんで謝る弘にきゅんときた。動揺を隠して気のない返事をしたのに、思わず指を握っていて、慌てて手を離して逃げた。  頬に血が昇ってドキドキが止まらない。「待って」と追いかける弘を置いて店を出る。  自分はあまり動揺しない方だと思っていた。中学の頃はともかく、陽菜と一緒に居ても同様して真っ赤になるなんて、ほとんどした事がない。『いつも落ち着いていて頼れる』と言われた自分はどこに行ったんだろう。元恋人で友人、それを望んだのは自分でそれ以上じゃない筈が、弘の一挙手一投足に振り回される。  友達に恋人のような事をされるから動揺するんだろうか。彼女に知られたくなくて、裏切りたくなくて動揺するんだろうか……。  そう考える自分に、もう一人の自分が囁きかける。 『──わかってるくせに』  見ないようにした、無いことにした想い。無理矢理蓋をしたはずの心の中から、こっそりと溢れ出している想い。  別れたくて別れたんじゃない、嫌いになったんじゃない、連絡も取れず、来るかもわからない『いつか』を待つのに疲れて諦めた。けれどそれを理由にうじうじするのも格好悪いし、友達に戻れば問題ないと思ったのに──。  弘の言葉に態度に『今更』『また一方的に逃げるんだろう』『陽菜と別れて恋人にしてくれなんて虫が良すぎるんじゃないの?』と、不満も不安もたくさんある。  それでも問答無用で囚われる吸引力。初恋は一生忘れないと言うけれど、あれが初恋だったんだなぁと今更実感する。  自分は初恋の次に進んだ筈なのに、いつまでもドキドキさせられたんじゃたまらない。そう思うのに──。 「──のに、──だから……」弘の事については言い訳ばかりだ、それに陽菜の言葉が追い打ちをかける。三年になって塾に通い出した陽菜とも会う時間が減って2週間ぶりのデートの日、何の脈絡もなくふいに聞かれた。 『何か隠してる事ない? 最近、なんか怪しい。気になる人とかできた? 元々、私が頼んで付き合ったんだから仕方ないけど……』  拗ねて言われて『何もないよ』と誤魔化したけれど、ドキリとして冷や汗が出た。頭を過ったのは弘の事だった。  ──浮気とか、二股とか向いてねーな……。弘の事、ちゃんと拒否しよう。  その時はそう思っていた、んだけどなぁ……。と、大きな溜息を吐く。これじゃダメじゃん……。『きゅんとしてる場合じゃないだろ!』と叱る自分は、完全に主導権を失っている。つい、うっかり浮気をする心理なんて知りたくなかった。  ──だけど……、絶対ヤバイって!  流されない自信がない。拒否できる気がしない。無意識で気を持たせるような事をする自分が、全く信用できない。                               ひやりとした指の温度が手に残っている。心地いいと、もっと触りたいと感じるのはきっとクーラーのない屋外だからだ。 「もう、待ってって言ったのに」  ずんずん先を進む京にようやく追いついた弘がむくれた。だけどちらりと様子を見る視線と力を無くす語尾に、内心しょげているのが見て取れ怒った振りもできない。 「疲れたしちょっと休もうぜ。冷たいの食べたい」  機嫌を取るように言って「あそこ」とファーストフードの看板を指さす。  甘いよな、俺も。本当どうしたいんだろう。  ファーストフードで休憩してから、店をひやかしつつのんびり帰路に着く。夕焼けで空が茜に染まって「明日も暑いぞ」と主張していた。電車に乗る頃には日が傾き、炎天の名残の蒸し暑い風が時折むわっと吹いていた。二人で並んで出入り口に立ち電車に揺られる。 「楽しかったね。もうちょっと遊びたかったな」  一緒にいる時間が名残惜しくて、ポソリと弘が呟く。 「そうだな」  同じ名残惜しさを感じて京が答える。 「夏休み中、また遊べる?」 「どうだろうなぁ。弘は?」 「お盆は休みだけど……」 「盆は繁忙期だから、俺はバイト休めないんだよな」 「そっかぁ、じゃあゆっくり会うのは無理かなぁ」  残念そうに呟く声に、「わぁっ」と向かいに座る子供の声が重なった。 「お母さん、花火だよ!」  興奮してはしゃぐ視線の先を振り返って見ると、暮れ始めの夜空にぽんぽんと花が咲いている。 「綺麗だねぇ。見て行こうよ!」  母親の肩を揺すって子供がねだった。 「うーん、綺麗だけどお家に帰らないとね」  残念だけど、と諭されて「えー」と不満を訴える子供を横目に京が弘を誘う。 「見てく? あそこまで行くのは遠いけど、花火だけなら見れるとこあるよ」 「本当? 見たい!」  思わぬ僥倖に弘が意気込んで答える。  最寄りの駅で降り、遠くに響く花火の音を聞きながら足早に先を行く京を追いかける。遊具がいくつかある小柄な公園に着くと、滑り台の付いた山の上に登り「こっち」と弘を呼んだ。  小さな山の上は意外と視界が開けていて、小さな頃に高い所に登っては得ていた解放感を思い出す。目線の高さになった街路樹の向こうに、色とりどりの火花が咲いて思わず歓声が零れた。 「意外といいだろ、ここ」 「うん、すごい」  へへっと自慢気に笑った京がガキ大将に見えて可愛いさに笑う。 「よく知ってるね、こんな所」  知っていなければ辿り着けない住宅街の公園に感心すると、花火の逆側にある暗い建物の影を指さして説明する。 「あれ、俺が行ってた小学校だよ。駅違うけど結構近いんだ」 「そうなんだ」  遅れて響く音を聞きながら二人並んで次の花火を待つ。一際大きく咲いた枝垂桜のような花火に、遠くから子供の歓声が聞こえる。 「これ好きなんだよな。色付きもいいけどさ、シンプルなのってきれいだよなぁ」 「僕もこれ好き。綺麗だよねぇ」  感動を共有できる事が嬉しくて、弘は横目で京を眺める。  ──手を、繋いでもいいかな……。  こっそりと手を伸ばすと、ふいっと京が動いた。 「ちょっと待ってて」  そう言い残して、滑り台を立ったまま靴で滑り降りる。こっちを見て「どうだ」と言わんばかりの得意な様子に笑い、ボディバックからスマホを取り出すのに『あっ、』と思考が止まる。  ──彼女、か……?  楽し気に話す姿を見たくなくて、花火に視線を戻す。  日中の熱を残した公園は暑いのに、身体の中から冷たさを感じてぶるっと震えた。

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