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二人の関係 4

 遊具の山を下りた京を気にしていたつもりが、いつの間にか無心に花火を見ていた。パッと大きな花が咲いて、色とりどりの小さな花が後を追う。やや遅れて聞こえる爆発音に空気が震える。  追いかけても届く前に消えてしまう花火に自分を重ねて切なくなる一方で『彼女から京を奪おうとしている事』も思い出して押し潰されそうになる。多分、こういう恋愛は自分には向いてない。スリルも奪う楽しさも理解らない。諦めてしまえば楽なのに、諦めたくなくて、京じゃなきゃダメだって叫ぶ自分もいる。  二人でいれば楽しくて嬉しくて忘れているのに──。  溜息を吐いて小さな山の上で膝を抱えると、ふいっと気配が近付いて首筋に冷たいものが触れて飛び上がる。 「ひゃっ……! 何!?」 「いい反応。何浸ってんの?」  こっそり戻って来た京が笑いながら二つ持った缶ジュースの一つを弘に渡す。 「びっくりさせないでよ」 「何か小っちゃくなってたから驚かしてやろうと思ってさ」 「ほんと驚いた。寿命縮まったよ」 「まぁまぁ、ジュースでも飲んで落ち着いて」  言いながら手に持ったコーラの缶を開け一気に飲み干すと隣に腰を下ろす。 「それ、コーラでしょ? 炭酸なのによく一気に飲めるね」 「ちまちま飲んでたら飲んだ気がしないだろ」 「一気に飲みたいのは理解るけど」と炭酸が少し苦手な弘は渡されたジュースを一口飲み、炭酸じゃない事に気付いて、こういう事当たり前みたいに覚えててするんだもんなと苦笑する。僕の事なんて忘れててくれれば諦めもつくのに──。八つ当たりみたいに京を責めて横顔を盗み見る。夢中で次々と上がる花火を見ている、大好きな人……。  ──好き。  それ以外の感情が無くなったみたいに惹き付けられる。身体の中がそれだけでいっぱいになる。弘の中でいっぱいになった気持ちが溢れる。  次々と弾けては夜空に消えていく火花に恋心を重ねる。  ──消えて、いくなら……。  並んで座る京との距離をそっと詰める。触れそうな程近付いても拒否されない事に安堵して、弘は肩口に頭を寄せた。  引き寄せられるように、二人にしか分からない僅かな距離を京が縮める。寄り添う互いを意識しながら感覚を共有する。もっと触れたくて弘が手を伸ばす前に、弘の頭に京の手が触れて抱き寄せた。  強引に引かれてバランスを崩した弘を京が慌てて支える。 「けっこう、重いな」  驚いたように言われた言葉がじわりと広がり弘を刺して「誰と比べてんの」と咄嗟に出掛かった言葉を飲み込む。  ──当たり前だ。平均より華奢でも、そもそも男と女じゃ作りも何も全然違う。こんな風に寄り添っても小さくて愛らしくなれるわけじゃない。  可愛がられたい、愛されたいと思う自分が滑稽で居たたまれなくて、弘は固まった身体を離そうとするが、京はそれを許さない。もがいて離れようとした拍子に、足元に置いたジュースの缶が倒れて派手な音を立てながら遊具の山を転げ落ちていく。 「あっ……」  音に驚いて弘の視線が缶を追うと、その隙に抱き寄せられ「あ」と思った時には唇を捕らえられていた。目を見開く弘にはお構いなしに、一度唇を離すともう一度宥めるように唇が触れる。  触れるだけのキスを繰り返され、弘の身体から力が抜けた。京の身体に腕を回して身体を支えると唇を離され、強く抱き締められる。 「ちょっ、苦し……」  弘が背中を叩いて訴えると、横から抱き込む形に足の間に座らせて、身体を捻って向き合った弘と視線を合わせた。雄の匂いがする視線に弘が本能的に慄くと「逃げんな」と再び唇を合わせ、力強い舌が唇を割り口蓋を開くように催促する。  ゾクゾクとした快感に捕らわれた弘がおずおずと口蓋を開いて舌を差し出すと、直ぐに舌が絡めとられて深く口腔を犯された。背中に回された手が時折宥めるように優しく動いて、積極的に京を受け入れる弘を励ます。  夢中でキスを交わすうちにいつの間にか熱を持った弘の下半身がズクリと疼いた。身体は、寝惚けたままで深いキスを交わした夜を鮮明に覚えていて、下半身を擦り付けて快感を訴えたい欲求を何とか耐える。  ──自分ばかりが浅ましくて恥ずかしい。京も同じに感じてくれたらいいのに……。 『きっと、京はこれ位のキスは慣れているんだろう』と半ば自虐的に考えて、だけどそんな京の顔も見たくて、そろそろと閉じていた目を開ける。  視点が合わない程の至近距離で京と目が合い、ドキリと心臓が跳ねる。目を逸らしたいけれど逸らせない。視線を射止められてはしたない自分を暴かれる。  そんな事すら気が遠くなる程気持ち良くて、弘は疼く下半身を無意識に揺らした。京の温かくて大きな手がゆっくりと背中を撫でて、弘を優しく抱え直して唇を離す。思う様貪られた弘の唇の端から一筋唾液が垂れて、それを京の舌が舐め取る。 「煽るような事すんな、ばか……」  顔を寄せたまま、直接腰に響く掠れ声で囁かれた言葉の最後は溜息だった。  京の唇が、触れるだけと言うには長いキスをして離れる。  胸元に抱き寄せられると、互いの心臓の音だけが響いて花火の音が遠くなる。抱き締められるのは気持ち良いけれど、それだけだと焦れったくてむずむずする。 「……勃っちゃった……」  羞恥と興奮に耐えきれず身を捩らせた弘が消えそうな声で訴えたが『我慢しろ』と言わんばかりに、京はぎゅっと腕に力を入れる。弘は夢現で見た、キスをしながら自分を慰めていた京の姿を思い出す。 「ねぇ、京は……?」  小さくねだる弘の声を無視して何も返さない京に少しムッとして、わざと蓮っ葉に誘いをかける。 「……僕が抜こうか?」  だけどそう誘う声は少し震えている。 「……そういう事、言うなって……」  そういう京の声も少し震えて言葉に詰まっていたけれど、自分の事だけでもいっぱいの弘は気付かない。  しばらくそのまま抱き合ったまま落ち着くのを待つ。  弘は自分だけが浅ましく求めてしまう事に落ち込んで、利用してくれるだけでいいのに、と思う。触らせてくれるだけでもいいのに、キス以上になったらやはり男ではダメなんだろうか。  ──ダメ、なんだろうな、普通は……。  唇は男女で変わらなくても、身体は違う。抱きしめて背中を撫でてくれるけれど、きっとそれが限界なんだろう。触れられたら違いが分かってしまう。キスだけでも求めて、抱きしめてくれる。それだけでも特別なんだ、と言い聞かせる。  自分だって理解ってたじゃないか、小さくて可愛い女の子の代わりから外れたら求められないって。一度はそれが怖くて離れたのに、自分から再び寄って来て傷つくなんて傲慢もいい所だ。しかも彼女がいる相手に──。  なのに、僕は京じゃなきゃダメなんて……。  いっその事、嫌われてしまいたい。完膚なきまで叩きのめされて「お前じゃダメなんだ」と傷つけられたい。そしたらきっと、嫌いになれるのに。  自分一人では消してしまう事も出来ない「好き」の気持ちを終わりにしたい。  だけど、だけど祈るように思う事もやめられない。 『僕の事を好きになって、僕を選んで──』  最初はもぞもぞ動いていた弘が落ち着いて動かなくなると、横抱きから後ろから抱え込むように体制を変えた。さっきのキスで興奮していた下半身も少し落ち着いたけれど、股間が当たらないように気を付けて腰を引く。  弘の好意が透けて見える、その安心感と罪悪感にじくじくと胸が痛む。好かれるのは嬉しい、それはもう見ない振りが出来ない感情で、だからって先に進んだって動けなくなるばかりなのに……。何でキスしちゃうかな、俺は。  傷ついたような表情で控えめに照れて笑って──、あの顔をされると衝動的に身体が動いてしまう。泣かせたいのか、笑わせたいのかわからなくなって抱き締めてしまう。笑って欲しいと切なくなるのに、ボロボロに泣かせたくてたまらない。小さな頃気を引きたい子に意地悪をして泣かせた、あれと似ている。笑って欲しいのに泣き顔を見たら楽しくなって切なくなって、余計に泣かせた。  あの頃も泣かせるより笑わせてあげればよかった、優しくすれば良かったって、後で後悔したんだっけ。陽菜を泣かせたいなんて思った事ないのに、どうして弘は虐めたくなるんだろう。

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