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二人の関係 5
特別に大きな花火が次々と上がり空を賑やかに染める。二人は腰を離したやや不自然な格好のままで花火大会の終わりを迎えた。夏とはいえ日が暮れて風が吹くと、日中との落差で少し肌寒さを感じて、互いの触れた場所が温かくて心地良い。
「終わったな」
「終わったね」
二人で言い合い、京が名残惜しさを振り払うように離れようとすると、弘が身体を預けてくる。
「ねぇ、もうちょっとこのままでもいい?」
静かに聞かれて「まぁいいか」と再び腰を据える。この際だからちゃんと話そうかと言葉を探した。と言っても、何を話せばいいのかは自分でもよくわからない。
困っているのは確かだ。迷っている、よりも困っている。好きか嫌いかで言ったら好き、だけど弘は選べない。キスされたり触られたり、スキンシップも嫌じゃない、むしろ自分からしたい事だってあるけれど、それは裏切りだろう? 陽菜の事は裏切りたくない、弘も傷つけたくない。どっちもなんて自分の我儘でしかないのは理解っているけれど……。
話してみなければ相手がどう思っているかわからない、本音で話しをするというのは陽菜と付き合って得た教訓だ。とりあえず聞いてみなければ始まらないと、京が口火を切る。
「あのさ、はっきり聞いた事なかったけど、俺達って中学の時は付き合ってたの? 俺はそういうつもりだったけど、高一の夏に俺が弘の事好きだって言ったら避け出したじゃん。弘はそうじゃなかった?」
今まで曖昧にしていた気まずい事を突然蒸し返されて、しかもとんでもない勘違いに弘は一瞬止まる。
「ごめん……」
「あ……、やっぱ俺の勘違いで……」
「そうじゃなくて、……えっと、ちょっと待って……」
勘違いも訂正したいし簡単には説明できそうもなくて、どこから話そうかと弘は混乱する頭を整理し、しばらく間を置いてからぽつりぽつりと話し出す。
「……中学の時は、僕が女子みたいだから受け入れてくれたでしょう? だから最初は僕に合わせて、付き合ってくれてると思ってて……」
弘に言い当てられてはっとする。そんなつもりはなかったけど、弘がごつい男だったら意識もしなかっただろうし、好かれてると分かったところで相手にはしなかった気がする。
「そんなつもりなかったけど……」
「いいんだ、大丈夫。女子の代わりにされていたなんて思ってないよ。僕だってそれで抵抗なく受け入れてくれるならって、見た目を利用してたし……、でも高校が違って少し離れたら、僕の知らない京が増えて京の事好きになる女子もいっぱいいて、僕がいなければ彼女出来るだろうし……」
「俺、そんなにふらふらして見えていた?」
「……そうじゃないけど、僕、高校入った位からどんどん背も伸びて筋肉も付いたし顔だって男っぽくなったし、毛も濃くなったし……。京はゴツイ男よりは女子の方がいいでしょう? そう思ったら、いつか愛想を尽かされるんじゃないかってどんどん不安になってきて……」
「俺、前に弘の事好きだって言ったじゃん。弘がいたら他の奴なんて、」
「うん、わかってる。信じてなかったわけじゃないよ。でも……、なんかあの時に『好き』って言われたら、それでいいかなって思っちゃったんだよね。そのまま離れたら京に幻滅される事もないし、誰か女子に惹かれてくの見る事もないし。……勝手に妄想して悪い方にばっかり考えて──」
弘は改めて言葉にすると自分の安直な情けなさに笑ってしまう。
「……本当にバカなんだけど、それで逃げちゃった。あの時はそれが精一杯で京がどう思うかとか考えてる余裕なくて、本当にごめんね……」
京は一人で凹んで小さくなる弘を後ろから抱いて、息を吐く。
「それさ、弘だけが悪いんじゃないじゃん。俺が不安にさせてたって事だろ」
「京は悪くないよ、僕が勝手に考えすぎてただけで」
「言葉が、足りなかったんだよなぁ……」
過去を思い出して溜息を吐く。あんな喧嘩してじゃなくて、ちゃんと好きだって言えば良かった。照れくさくてももっと話をすれば良かった。反省ばかりが湧き上がる。
──大事、だったのになぁ……。もう、こんなすれ違いはしたくない。
「それでさ、弘は今どうしたいの? 俺は嫌われて逃げられたと思ってたし、もう一度友達になろうと思ったらキスとかして来るから、結構戸惑ってるんだけど……」
直球で聞かれて弘は口ごもる。
「そ、うだよね……」
自分の行動のデタラメさは自分が一番分かっている。それでも、好きだから諦められないと強引に迫ってきた。『どうしたいのか』、そう問われても自分ですら最終的にどうしたいのかがはっきりとしない。京に好かれたい、けど……それは願望で、現実的な『目的地』にはならない気がした。
答えることの出来ない弘に京が返事を促す。
「俺は気持ちが分からないまま離れるのも嫌だし、嘘つかれたまま嫌いになるのも嫌われるのも、もうしたくない。傷付けるのも、傷付くのも本当の事の方がいいって思う」
真摯な言葉に、嘘は吐けないと覚悟を決める。
「キス友って、知ってる?」
「キス……? セフレみたいなの?」
「うん、キスする友達でキス友。友達だけどキスはする、でもキスまでなんだって。友達以上でキスはするけど恋人にはならない」
「へぇ……」
突然の話題に『それが?』と京は首を傾げる。
「僕たち『キス友』みたいだなって、前は思ってたんだ。友達だけど恋人みたいで、でもそこから先には進まなくて。あの時はもっと恋人みたいになりたくてそれが不安だったんだけど……。その後、京に会えなくなったら夢みたいに幸せだったなって、そこに戻りたくなった。だから……」
「弘はそれでいいの?」
分かるような、分からないような言い分に京は納得がいかない。
暗に、それだけでいいのかと問いかける。
「……良くはない、けど、戻りたくて……」
「でも、俺は戻れないって言ったよな。今は陽菜がいるから無理だって」
「うん、分かってるけど……、京は僕の事嫌い?」
「……」
「嫌いじゃ、ないよね? キスも許してくれてるし、──前、寝てる僕にキスしながら自分でしてたよね。……少しでも好きでいてくるなら、ずるくても、好奇心でも都合良い相手でもいいから付け込もうと思って、そしたら……」
一気に言って、口籠り、それから先を続ける。
「そしたら、京の事嫌いになれるかもしれないから──」
そう言うと、弘は腕に顔をうずめる。最後は声が震えていた。
弘は、言葉にして初めて、自分が望んでいるのが『恋を終わりにしたい』事だと知る。好きになってもらえないなら、もう終わりにしたい──。
「他の人を見ようと思っても京と比べるばかりだし、忘れようと思っても夢に見るし、自分じゃ好きな事止められなくて──。彼女いるの知って……、どうせダメなら出来心でも流されて僕と寝てくれないかなって思った。傷ついて振られたら忘れられると思ったし、忘れられなくても……、いつか誰かと恋愛してそういう事するなら、初めては京としたくて──。ごめんなさい……」
ややくぐもった声で、想像していたより随分と自虐的な事を告げられて京は言葉を失った。弘はもっと自信があって前向きで、てっきり彼女と別れて欲しいと言われると思っていた。それが──。
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