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二人の関係 6

 自分で促しておきながら、聞かなきゃ良かったと思った。自分の足の間で、弘が膝を抱えて小さくなる。弘が震えているのを触れている両足で感じている。  思わず抱き締めたくて、だけど躊躇った。  どうするべきなんだろう? どうすればいいんだろう? 本音で話せば納得できる答えが出せるんじゃないかと思ったけれど、一層困惑するだけで答えは見つけられない。嘘じゃなく本当の事を言って欲しいという京に弘は応えたけれど、京は本心を言うべきか悩む。 「弘は、それでいいの? 俺が、弘の事だけを好きじゃないのにしてもいいの?」  考えて、考えてようやく絞り出した言葉を聞いた弘がピクリとして、それからゆっくりと頷いた。  嘘を吐いても本当の事を言っても傷付けるのは変わらない。だったら本当の事を言って欲しいと言ったのは自分だ。覚悟を決めるのは俺か──。 「俺は弘の事好きだよ。友達って意味だけじゃなくて……、今までずっとってわけじゃないけど、先輩と会うって言われたらムカついて……、あの日、家に泊っただろ。弘に好きだって言われた後の……、あの時、本当は俺、途中から起きてた。何やってんだって、止めろって思ったけど……」 「えっ……」  自分の恥ずかしい所を知られていたと知って、弘は動揺する。 「弘の声が耳から離れなくて、……夜中にやり返すみたいな事した。それではっきりそういう対象としても弘の事気になるって自覚したし、弘がそういうのを俺に求めてるってのも理解った。……理解ったけど、やっぱり俺は陽菜も大事なんだ。陽菜の事を裏切りたくないってのもはっきりした。だからそう言ったし……、言ったけどその後からどんどん迫って来てすごい困った。今も、困ってる……」 「ご……めん……」 「弘が悪いわけじゃなくて──、俺、弘に迫られると拒否できない。一緒にいると触りたくなる。弘に期待させるだけで、でも応えてやれないってわかってても──」 「それでもいい、気持ちごと独り占めできなくてもいいから……」 「それはダメだ」  弘が言い募ると、思いがけない強さで否定されて言葉が止まる。 「俺、弘の事傷付けたくない。都合のいい事言ってるのは分かってる。だけど……」 「傷付いていいって言ってる!」 「弘が良くても、俺が嫌なんだよ」 「それでも、……一緒に傷付いてよ」 「無理だよ」 「今のままじゃ、僕、どこにも行けない」  京の方を向き直した弘が、至近距離で京に迫る。 「お願い……」  涙目で迫られて、タジタジになった京が後ろに身体を引いて逃げる。 「弘の事、大事にしたいんだよ。寝たからって俺は弘を選ばない。陽菜も大事なんだ。どっちかを選べって言われたら陽菜を取るよ。初めてって大事なもんだろ。どっちつかずで弘の事を選ばない俺なんかじゃなくて、弘の事だけを大事にしてくれるやつとした方がいい」 「僕が、初めてだからしないって事? ……初めてじゃなければいいの?」 「そういう事じゃなくて……」 「初めてじゃなかったら、僕としてくれる?」  堂々巡りの会話に京は頭を抱える。 「……京が、僕の事好きだからダメなの?」  困惑して黙ったままの京に、弘は混乱して何が目的で何がしたいのか分からなくなる。  ──だったら、京が僕の事好きじゃなくなったら、大事じゃなくなったら、してくれるってこと……?  最終的にこの気持ちを忘れられるのならそれでもいい気がしてくる。大事にされるような僕じゃなければ、抱いてもらえるし、嫌われていれば、きっと諦めきれる。『好きだからしない』なんて思ってなかったけど『嫌いだから触りたくない』よりはマシだ。  ──あ、嫌われないといけないんだっけ……。  嫌われるなんて簡単だ。大事な物を壊して幻滅されればいい。なるべく他人に迷惑の掛からない方法で……。どうすれば、なんて2つしか思いつかない。けど他人は巻き込めないから、選べるのは1つだ。 『初めては、京が良かったんだけどな』と考える。誰か適当な、後腐れがなくて慣れていて、出来れば知らない人。僕のことが記憶に残らないような人がいい。地元じゃないどこか、知らない土地でそんな人と上手く会えるだろうか。……まあいいか、どうせ一回限りだ。  適当に相手を見繕って誰かと寝てしまえば、京は僕に幻滅するだろう。でも、一度じゃダメかもしれないな。嫌われる為にするんだから別にいいか、何度でも。……だけど、汚いから触りたくないって思われたらどうしよう……。  ──そっか、嫌われるんだから、そう思われても仕方ないのか……。  向かい合ったままぐるぐる考えて、弘の瞳から涙が零れる。  ──そっか、嫌われるのか……。  そう思ったら、もう、止まらない。  ──あぁ、やっぱり、嫌いになりたいなんて、嫌いになって欲しいなんて、嘘だったんだ……。  静かにボロボロと涙を溢す弘に、思わず京が手を伸ばす。 「何、考えてんの? 何で急に泣いてんの?」  お前、ズルいだろ。と、弘を抱きしめる。 「僕の事、汚いって思わないでくれる?」 「……何か、したのか? されたのか?」  京は腕の中で呟かれた不穏な言葉にドキリとして、身体の中の黒い物がゆらりと揺らめくのを感じて、抱きしめる腕にぎゅっと力を入れた。 「俺が弘の事、汚いなんて思うわけないだろ。何、されたんだよ」 「まだ、何もしてないけど……」 「何もなくてそんな事言わないだろ。何されたんだよ、何するつもりなんだ」  怒気を含んだ声で問い掛けられて、弘が焦る。 「本当に、何も……」  本当か? と念を押されて、コクリと頷く。  大人しく抱き締められている弘の返答にホッとしながら、京は弘の危うさに慄く。弘が何を考えているか全く理解らない。理解らないけれど、目的の為に何でもしてしまいそうで不安になる。 「変な事、考えるなよ」  心配になった京の言葉に弘は無言で答えて、京は益々不安になる。 「そんなに……、そんなに俺としたいの? 何でそんなに俺じゃなきゃダメなの?」  京は、言いながら自分の『弘じゃなきゃいけない理由』に思い当たり自嘲する。理性や論理じゃない、感覚と感情が『弘がいい』と言う。  腕の中で「京がいい」とポツリと呟く。  ──同じなんだな。  同じ気持ちでここにいて、何もしてやれない。しかも、弘は相当思い詰めていて……、そう思うと自分が我儘なような気がしてくる。 ──裏切りも隠し通せばなかった事になるだろうか……。 「内緒にしておいてもいいか? 誰かと一緒の時はただの友達だし、二人きりでは会わない。それから高校のうちはしない。せめて進路が決まるまでは。俺は就職だから秋には決まるけど、弘は大学受験だろ、それが終わるまで……。待てる?」  問いかけに、コクリと頷く。  ズルいよな、こう言ったら弘は待つしか無いって理解っているのに、わざと期待を持たせる言い方をする。 「待つ。……電話はしてもいい?」  電話くらいはいいかと頷く。 「他の人も一緒なら、会ってもいい?」 「いいけど……、俺だけ特別扱いしないで内緒にできるか?」 「できない、かも……」 「だったらダメだな」  弘はにべもない言葉にしゅんと首を垂れて、小さな声で「頑張る」と言い直した。 「今日は、もう触ったらダメ? 少しだけ……」  小さく懇願されて京の気持ちが揺らいだ。『いいだろそれぐらい』『今流されたら意味ないだろ』と、自分が競い合う。結局、京はどっちを取ることも出来ずに「キスだけ」と答える。  弘は「わかった」と答える事も出来ずに京の背中に腕を回す。泣いて体温が上がり触れた所がしっとりと汗ばんでいる。この熱さも身体に回された腕の力強さも忘れないよう、記憶に刻み込む。  受験が終わったらなんて、今だけの言葉かもしれない、後で気が変わるかも知れない。抱き締めるのも、抱き締められるのも今が最後かも知れないと、そう思っても、さっきまでとは全然気持ちが違う。 『後で』その約束が、星を煌めかせて見せる。

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