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君を想って
シャープペンを置き両腕をあげて身体を伸ばすと、勉強で凝り固まった肩と背中がコキコキと音を鳴らす。
慌ただしいままに夏休みも文化祭も過ぎてふっと一息ついてみればもう夜風が冷たい秋になっていた。勉強するには良い季節だけれど過ごしやすさと比例してもの寂しさも増してくる。壁に掛けられたカレンダーは紅葉のイラストが描かれていてあと二日で十月だ。
公園で見た花火はまだ瞼の裏に鮮明だけれど、抱き締められた温かさはだんだん遠くなって忘れてしまいそうだった。弘は無意識にそっと中指で唇に触れ、あの日最後にしたキスの感触を思い出そうとした。
時間が経つにつれて、どうして思い付きみたいな提案に頷いてしまったのかと思う。考えてみれば、内緒にされて会えなくなって、高校卒業まで待っても付き合えるわけでもなくて……。冷静になる程、京の保身の為の約束だと解った。
──でも、それでもいいと思っちゃったんだよな……。
京は『何で俺じゃなきゃダメなの?』と言った。『何で』……今まで何度も考えた。だけど京だけがこんなに心を捕えて、胸を苦しくする。
高校を卒業して上京してしまえば頻繁に会いに来ることも出来ないし、きっと今までとは全て違う新しい生活と環境で、出会いだってたくさんあるだろう。
『大学受験が終わるまで、待てる?』
あの日の京の声が頭の中で鮮明によみがえる。保身だけじゃなく、きっと僕の事を考えてくれていた。面倒ならただ拒否すればいいのに受け入れてくれる。それだけの愛情が僕にあるのだと、自分に都合よく解釈しているのは解っているけれど。
もう少し考えていたら勉強どころじゃなくなるぞ、と弘は放り出したシャープペンを持ち直す。せっかく作ってくれた受験に向き合う時間を無駄には出来ない。
キリの良い所まで問題集を終わらせて、そろそろかな、と時計を確認する。京には会えないけれど、寝る前の日課にしていたメッセージのやりとりは続けていて、息抜きに一緒にゲームをする事もある。時折は電話もする。
弘は『遠距離恋愛だと思えば……』と出来るだけこの状況を楽しむ事にしていた。京は就職で、最初の試験はもう済んでいて十月には結果が出るらしい。弘の第一志望は私立大学で推薦入試があり、そこで合格すれば十二月には受験が終わる。早ければ十二月──。十二月には京に会える。そう思えば、割と近い遠距離恋愛じゃないか。
約束の事は虹也にも話していない。話せば応援してくれるだろうし、籠るばかりの想いを話して消化させたいと思う事もあるけれど、誰よりも京を優先するという弘の決意表明みたいなものだった。それまでの経緯を知る虹也は何かを感じるのか、やたらと心配していたが『就職と受験の準備で二人とも忙しくて』と誤魔化すと、それ以上は聞かずにいてくれる。
弘はスマホを手にベッドに転がって着信メッセージを確認する。
届いていた京からのメッセージは『スゲーのいた!!』とハイテンションで、送付された写真にはキラキラと虹色に光る甲虫、カブトムシ? が写っている。こんな季節に?
『カブトムシ?』
『たぶん外国のクワガタ。どこかから脱走したっぽい』
家に持ち帰って妹に見せたら「バカじゃない?」って言われたと拗ねているのが可愛くて思わず笑う。こういう突然、無邪気な子供に戻る所好きなんだよなぁ、と子供っぽく拗ねて笑う顔を思い浮かべる。少しでいいから顔見たいなぁ……。
『動いてるこいつ見せたいから、ビデオ通話していい?』
メッセージが届いて返事をする前に着信音が響く。
「もしもし、弘?」
「うん」
「寒いから動き鈍いけど見て! すげぇ光ってて綺麗なの!」
いつもより弾んだ声が響く。「子供の頃すごい欲しくて」そう話しながら、後ろに映る菓子箱の中に落ち葉を敷いて子供用の小さなゼリーを開けて置き、弘は時折映り込む手や顔に釘付けになった。
「はい、お終い」
京は巣箱を作り終えるとそっと虹色に光る虫を箱の中に入れる。タイミングよく『お兄ちゃん、お風呂!』と京を呼ぶ声が画面越しに聞こえる。それに『わかった。っとに……可愛くねえな』と悪態をついて「ごめん。こいつの巣作るのに材料集めたりしてたら遅くなってさ、帰ってきた所なの」そう言いながら、ようやく京の姿が映る。
「やっと京が見えた」
笑いながら言うと「ばーか。風呂行くな、おやすみ」と名残を惜しむ間もなく通話が切られた。弘は「あーあ、切られちゃった」と独り言ちて『おやすみ』とメッセージを送る。躊躇い無く切られた電話は寂しいけれど意外と甘く響いた「おやすみ」の言葉が耳に残った。
弘は部屋の灯りを落として、ベッド下からローションや指用のゴムが納められた袋を取り出した。それだけで、ずくずくと下半身が期待して熱を持ち始める。前を刺激するだけの自慰と違い、後ろを準備する為には必要なものが多くて、何だか「やるぞ」という感じがしていつまでも慣れない。パンツごとズボンを脱ぎ捨て素早く準備をすると、弘はごろりと横になった。
『おやすみ』
さっきの、京の声を思い出しながらそっと腹を撫でる。普段は自分で撫でても何とも思わないのに、こんな時はゾワリとするのが不思議だ。
腹に感触を残したまま手を下に伸ばし、ゆっくりと周りを撫でてから固くなり始めた自身を撫でる。強い刺激を与えないように左手でゆるゆると撫でながら、胸の先っぽに右手を伸ばすと、触れていないのに固く凝った先を摘まんで捏ねる。それだけで左手に触れている自身が熱く力を増した。強く撫でてこすり上げたいのを我慢して、左の胸でしばらく遊ぶと、同じように右の胸も撫でて摘まんだ。
「……ふっ」
弘の口から聞こえない程の小さな吐息が漏れる。自分の吐息に興奮して、自身がピクリと反応するのが解った。誰に見られているわけでもないのに、恥ずかしさと興奮で徐々に頬に血が昇る。
左手での慣れない愛撫を自身に続けながら、胸の先っぽを撫でる指を口に運び唾液を絡めると、もう一度胸の先に戻って遊ばせる。ぬるぬるとした唾液の感触が柔らかくて、時折ピクリと身体に力が入った。
『ひろむ、こっちは?』
優しく誘導する京の声を想像し、名残惜しさを振り切って胸の先っぽで遊ぶ指を下肢に伸ばす。目指すのは熱くなった自身より後ろ、固いけれど滑らかな尻を辿った最奥だ。弘はもう一度指に唾液を絡めると、右手を後ろ手に伸ばして柔らかくて慎ましい窄みを撫でる。後ろに気を取られて滞りがちになっている自身への愛撫を時折思い出したように続けながら、窄まりの縁をくるくると転がして愛撫する。
気持ちいいとは言えないもどかしい感触に先を急かされて、窄みの中の秘密を探ろうとする。しかし指で拓かれた経験しかない貞淑な窄まりは、力を入れただけの少しも奥に入らない場所でまだダメだと弘の指を拒否した。
ピリッとした痛みに「ローション付けてないし仕方ないか」と思いながらも、もう少し頑張ってもいいんじゃない? と恨みがましい気持ちになる。これじゃホテルで準備万端にでもしなきゃ、いい雰囲気になっても最後まで持ち込む事は出来ない。それとも自分でするから余計に硬いままなんだろうか。
いや、もう少し慣れればきっと大丈夫と奮起して、ゴムを被せた指にローションを絡めとる。ヌチャヌチャと糸を引くそれを、ベッドに垂らさないように気を付けて、今度は前から最奥の窄まりを探る。微かにトロリとした感触がツ……と尾骨へと垂れ、慌てて指で拾いにいく。
小刻みに指を揺らしながら、グッと力を込めると温かい窄まりにぬるりと指が吸い込まれた。ローションに助けられて迎え入れられた指で、窄まりの縁を内側から辿り丁寧に伸ばして広げる。きつい輪を抜ける時には息を詰めるような衝撃があるのに、内側から撫でて刺激をすると不思議な快感があって、違う意味で息を詰める。
「……んっ」
ぐりぐりと窄まりを広げるように辿りなぞって、緩い快感を追いかける。十分に拡げた後でゆっくりともう一本指を増やすと、二本の指はきつい輪にキュウキュウと締め付けられて、京の事もこうやって締め付けるのだろうかと考える。
『きもちいっ……』
想像の中の京が声を上げると、締め付けられる感覚と締め付ける感覚が混ざり合って弘は陶然とした。
「んぁ……」
無意識に煽るような吐息を漏らしながら、日本の指で丁寧にきつい輪を拡げてゆく。
ふわふわと柔らかくて温かい胎内を探りながら、休めていたもう一本の手で、自分自身を握る。
『すこし、げんきなくなっちゃった?』
揶揄う様に囁かれ、優しく扱かれる。きつい輪がキュッと指を締め付けて「あっ」と思わず声が漏れた。いつの間にか息は荒く、鼓動は速くなっていて、呻きながら呼吸が整うのを待った。
二本の指を浅く深く刺し込みながら、ゆっくりと気持ちのいい場所を探すのを再開する。早くと気は焦るけれども、未だその場所は隠れたままで見付けられたことはなかった。何だか堪らない感覚が襲ってきて、気持ちいいのかどうかも分からないまま、利き腕ではないたどたどしい手つきで、勃ち上がった自身を扱きあげた。
それは胎内を辿るのとは違うはっきりとした快感で、弘はもどかしさに腰を揺すりたくなった。
「ぅっ……、んっ、ん……」
知らずに吐息とも、喘ぎとも言えない声が漏れる。胎内を探る指は秘密の場所を見つけられないまま、もっとはっきりとした快感を追い始めた。
ゆるゆると指を揺すりながら、きつい輪を身体の中からなぞって押し上げる。すると、他では感じたことの無い股間がもやもやするようなもどかしい快感があって、時折指を出し入れしながら、その快感に身を委ねる。
「きもちいい」
弘は声にならない吐息だけで、それを伝える。
『きもちいいの? ……こっちも、げんきになったね。どうしたい? ひろむ、ね、いって。どうしてほしい?』
耳元でいやらしく甘えた声で囁かれる。さっきの、子供みたいにはしゃいだ声との落差に興奮して、弘はブルッと震えた。
『ね、どうしてほしいの?』
応えたくて、答えられない問いを繰り返される。グッと奥まで挿し込み『ゔっ……』っと京が吐息を呑んだ。気持ちいい、と言うように色気を含んだ息を吐くと、もどかしさを抑えた声でもう一度問いかける。
『どうしてほしい? まえ? さわったらきもちいいの?』
言いながら、優しく弘自身に触れて扱きあげ、先端をぐにぐにと撫でる。
「あっ……、あっ」
抑えられない声が弘から漏れる。
『きもちいい? ……じゃ、こっちは? こっちはどうすればいいの、教えて……』
グリグリと腰を押し付けながら聞かれて、弘の羞恥の壁が決壊する。
「んっ……。それ、きもちいい……っ」
ずるずると内臓まで持って行かれそうに、ゆっくりとゆるく抜き挿しされて堪らずに答える。
『それってどれ? はっきりいってくれないとわからないよ?』
意地悪く聞かれて「あぁっ」ともどかしさに悶えながら、弘は自ら腰を揺する。
「これ、ぬかれるの、……あっ、ぁっ……、ぬかれるの、きもちいっ……んんっ……」
京は言われた通りに腰を引き、いきり立ったままの自身を引き抜いてしまう。
「ぁ……、どうして……」
弘が不満の声を上げると、緩んだままの窄まりに再び自身を押し当てて訊ねる。
『ぬかれるの、きもちいいんでしょ? ぬいたままでいいの? コレ、もういらない?』
「やだ……いる……。ねぇ、いれて……」
『いれるだけでいいの?』
京はそれだけでは赦さずに、もっと恥ずかしい言葉を要求する。窄まりに押し当てられ、入りそうで入らないもどかしさに悶えて涙声で弘がねだる。
「も、いれて……。いれて、だしいれして……」
『こう?』
「あぁぁっ!」
凶器のような京自身を容赦なく突き立てられて、弘が一際大きな声を上げる。ガクガクと震える弘に『これで、いいのっ?』と京も快感に震える声で囁いた。
「きょうも……きもち、いい?」
快感に呂律が回らなくなった弘が拙く訊ねると、その愛しさにギュッとつよく抱き締めて京が応える。
『き、もちいいよ、ひろむのなか、きもちいい……』
その言葉に弘がふにゃりと笑う。
「よかったぁ……。ねぇ、イッて、ぼくのなかできもちよくなって、ぼくといっしょに……」
最後は、言葉にならなかった。激しく弘を追い立てながら、唇を貪る。弘は激しさに付いていけずに、ただ揺さぶられて激しすぎる快感を追いかけ、解き放った。
一人、解き放ってベッドの上で荒い息を整える。京に抱かれる妄想はいつも境界が曖昧だった。囁かれる声も、抱きしめる腕も、ここにあるような気がして夢中になる。
だけど、解き放った後はどうしても急激な虚しさが襲ってくる。
冷静になるのが嫌で、このポヤポヤとした曖昧な幸福感に浸っていたくて、適当に片付けをして息が整う前に布団を被る。
『おやすみ』と言った京の声が耳に甦る。おやすみ、と記憶の中に投げかけて弘は目を閉じた。
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