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その日

「もう一度、考えてみる」  茂にそう伝えた言葉通りに、もう一度考えた。考えたけれど、やっぱりわからなくなる。  今からでも、やめるべきだと思う。正しい答えは解ってる。  だけど、この気持ちはどこに持っていけばいいんだろう。京の事を考えるだけで、堪らなくて叫びだしたくなる。  多分、会ってしまったら止まらない。京が「やっぱりダメだ」と言っても、自分は食い下がって「どうしても」と言うだろう。京を目の前にした時の凶暴な恋情。一緒に居るうちに、欲しくて欲しくて仕方なくなる、あの気持ち。  それを思い出して、はぁぁと大きく息を吐く。 「結局、好きなんだもんな」  呟いて、それが全てなんだと思った。正しいとか、正しくないとか、傷付くとか、傷付けるとか、そういう事が全部どうでも良くなってしまう。京に触れて、触れられたら……、それだけになってしまう。  止めるなら、断るなら今のうち。  そう思い続けて当日を迎える。両親は、昨日のうちに母の実家に帰省している。そのまま温泉三昧して、正月をゆっくり楽しみながら旅行するのが恒例だ。中学までは弘も一緒に付いて行ったが、その習慣も高校になって止めた。そして、今年……。 『明日、夕方行く』  最後のメッセージを何度も眺める。  昨夜は緊張してなかなか寝付けなかったのに、朝早くから目が覚めた。やたらとそわそわして、だけど考え込むのが嫌で時間を潰す為だけにアクション映画を流した。なのに内容も、普段なら緊迫するアクションも何も頭に入らず、ボーッと見ているうちにいつの間にか寝てしまい、目が覚めた時にはもう昼過ぎだった。  おかげで時間は潰れたし寝不足もスッキリしたが、突然近付いたタイムリミットに弘は焦ってしまう。会ってしまえば止められない、そんな気はするけど、言わなきゃいけない事の確認をする。  好きになってもらいたいけど、無理なら一度だけ、身体だけでも欲しい。自分の気持ちは変わらない。僕が押し切ったんだけど……、京がその約束を後悔して今も迷っているなら、約束はなかったことにしよう。一緒に傷付いて欲しいと思ったけれど、せめて嫌われたいとも思ったけれど、本当は嫌われたくないし好きな人を自分のせいで傷付けて、後悔させて笑っていられる程は図太くなれそうもない。  頭ではそんな事を考えながら、弘はいそいそと身体の準備をする。  期待して、念入りに準備して、引かれるかもしれないけれど、面倒だとか良くなかったと思われたくない。一度だけなんて言ったけれど、本当は次もしたいと思って欲しい。  無駄骨になるかもしれないと思っていても、身体は期待する。準備だけだと言い聞かせるのに、興奮してしまう身体が恨めしい。  興奮するなと自分を宥めながら、最初よりは柔らかくなったけれど、多分京を受け入れるにはまだキツい窄まりに手を伸ばす。内部を洗ったばかりのそこはわずかにほころび始めていた。浴室に持ち込んだローションを指に絡めて挿し込み、丹念に窄まりを拡げていく。  そんな準備にさえ期待して勃ち上がる自身にはあえて触れずに、なるべく機械的に準備をした。  スマホの画面が着信を知らせた。 『もうすぐ着く。ピザあるよ!』  いつも通りを意識しなきゃいられない程緊張していた弘は、いつも通りのメッセージにほっと気が抜ける。声は聞いていたけれど、最後に会ったのは夏だから約4カ月ぶりだ。嬉しい。会ったら浮かれすぎて挙動不審になりそうだ。  もうすぐってどのくらいだろう? メッセージの内容からしてすぐにピザを食べると予測していそいそと準備をする。立ち上がり歩くと、念入りにほぐした後ろにぬめぬめとしたローションの感触がして、パンツが汚れるんじゃないかと気になった。弘は下着を替えようかと悩んだ所でインターホンが鳴った。  慌ててドアを開けると冷たい風が入り込んだ。室内にいた弘は寒さで震えあがるのに、京は弘から見たらびっくりする程薄着でピザ屋の袋を下げて立っている。家に招き入れ、鍵を閉めようとして京に近付くと、スンと冷たい風の匂いがする。嗅ぎなれたはずの匂いなのに弘の心臓が跳ねた。 「ピザちょっと冷めちゃったかも」  そんな事は知らず、久々に会ったことすら感じさせない態度で京が話しかけた。弘は京の顔を真っ直ぐ見れず、頬が赤くなるのが分かった。少しだけ、家に京がいる状況に慣れる時間が欲しい。 「リビングに用意してあるから……、ピザ温め直した方がいい?」 「ちょっと温め直して。チャリで来たからやっぱ冷めてるみたい。箱既に冷たい」 「了解」  ピザを持ってキッチンに向かった弘は、カウンター越しに京を盗み見た。久々に見る京は格好良さが増している気がする。バクバク鳴る心臓を落ちつけたくて、こっそり深呼吸して呼吸を整えた。

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