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その日 2
「チャンネル変えてもいい?」
京がテレビのリモコンを触りながら聞いた。
「もう変えてるじゃん」
「一応確認。ストーリーあるやつって見入っちゃわない? 久々だから話したいしさ」
「電話はしてたじゃん」
「それとこれとは別」
京も会いたいって思ってくれていたって事だろうか。そう考えてせっかく引き始めた熱がまた頬に登る。赤い顔を見られるのも今更なんだけど、それでも恥ずかしくて少し強がってみせる。弘は意識して顔すらまともに見れないのに、京はまるで平気で嫌になる。
温めたピザを出し、食卓を整えて乾杯をする。互いの就職と大学入試合格を祝い、半分を食べ終える頃にようやく弘は京のいる空間に慣れてきた。最初の緊張がほぐれてしまえば、京は居心地の良い相手だ。
けれど、今日の目的の切り出し方がわからないまま、友達同士のようにゲームに興じて時間を潰す。
「すげえの来た!」
ゲームのガチャを回した京が興奮して画面を見せ、弘がスマホを覗き込む。顔を上げると、思いがけない程近距離で目が合って、弘は飛び上がった。
そのまま、沈黙が落ちる。
さっきまで気にならなかったゲームの音だけが、やけに賑やかく響いている。心臓の音が近くなったように感る。と、京がソファに掛け直して切り出した。
「あのさ、実は弘に内緒にしてる事があって……。俺、陽菜と別れたんだよね」
「え……?」
弘は言いにくそうに告げられた言葉の意味が解らず、思わず視線を京に向けた。
京はその視線に『僕のせい?』と問われている気がして慌てて言い訳する。
「弘のせいじゃないから。結構前に、受験で会えなくなるし合格したら遠距離になるから、今のうちにハッキリしたいって言われて……。そんな先のことまでピンとこないし、そのまま別れちゃった、んだよね」
そのきっかけは京が弘の事ばかり考えていたせいなのだけど、それは伏せて受験のせいにする。
「何で……?」
「だから、受験っていうか方向性の違いかな。陽菜は結構お嬢様で高卒ってのが無いみたいだし、親も反対はしてなかったけどいい顔しなくて。だから受験前にって……。女って強いよな。一度決めたらもうそれでスッパリ」
「だって、そんなの……」
弘の頭の中は「なんで?」でいっぱいで、うまく物事を考えられない。
「まぁ、弘もそういう所あるけど。……それで、フラレたようなもんだから、格好悪くて言えなかった。ごめんな」
京は誤魔化すように弘の頭を撫でた。弘は混乱したまま、引き寄せられるみたいに京の肩に甘える。
──あんなに、彼女の事が大事だって言ってたのに?
弘は何だか素直に受け入れられなくて、今まで悩んだのは何だったのかとか、早く言ってくれればとか、やっぱり僕のせいじゃないかとか、色んな言葉が浮かぶ。
今までずっと心に引っ掛かっていたものがなくなりホッとしたのに、大事なものを無くしたような心許ない喪失感があった。
まさか、と思う気持ちが消えない。
「本当に?」
「……うん。すぐ言わなくてごめん。なんかちょっと色々……、言いづらくて」
京は珍しく弱気に言葉を濁す。
本当は、そんなにスッキリと簡単に別れたわけじゃない。陽菜を泣かせたし揉めた。京も陽菜も互いに未練はあったけれど、自分だけの事を見て欲しいという陽菜の要望に応えられなかった。
陽菜と弘と、二人の間でゆらゆらと揺れる自分の心を叱ることはできても、制御できなかった。「どちらも好き」なんて、子供のような言い訳が通じるとは思わないけど……、それしか答えが出せなかったのだ。
陽菜は、守りたくて、でも甘やかしてくれるのが心地よかった。
けれど、京は弘を前にすると子供に戻ったようになる。嬉しくて、楽しくて気持ちを抑えられない。触れるのも、抱き締めるのも、そうしようと思ってするのではなく、衝動だ。
それは陽菜とは全く違う、比べられない感情だった。
「ごめん」
もう一度、京が謝る。
「謝らないでよ。だって僕、京を困らせてたよね。京の事、振り回してたよね……。謝らなきゃいけないのは僕だ。ごめんね」
「弘はいいんだよ」
「良くないって」
「じゃあ、二人でごめん、だな」
「うん……」
肩に乗った弘の頭を京が撫で、ようやくホッと息を吐いた。
互いの体温を共有して温かさに浸る。
しばらくじっとしていた弘がもぞもぞと動いて顔を上げた。
「ねぇ、そしたらさ……してもいい?」
うっすらと頬を染めて、弘がキスをねだった。
──多分、単純に僕を選んだって事じゃ、ないんだよな。わかってはいるけれど、今は浅ましい欲望に流されたい。
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