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その日 3
ねだってキスをする。
耳に優しく触れる、冷たい手が気持ちいい。
軽く触れた京の唇を追いかけて、もっと、とねだった。
「……約束、覚えてる?」
忘れているはずがない、と解っているけど確認する。
どこかで、ストップをかけられたら止める。戸惑ったり嫌な素振りがあったら自分から引く。弘は何度も自分に言い聞かせて慎重に様子を伺う。
コクリと頷き「覚えてる」と京が答えた。
「迷ってたりする? ……少しでも嫌だったら、無かった事にしていいから……」
自信なさ気に呟く弘を、ギュっと京が抱きしめた。
「嫌じゃない。嫌だったら、ここに来ない」
「ほんと?」
「当たり前だろ」
嬉しくて、京に縋りつく。
「……僕の部屋、行く?」
「行く」
おずおずと聞いた弘に、京が迷いなく答えた。
──もういいや、今は。明日、全部明日考えよう……。
思考を放棄して、衝動に従う。
手を繋いで、自室に繋がる階段を登った。
自分で誘っておきながら、弘はさっきからふわふわと現実感がない。手も足も痺れているようで、何だか感覚が遠い。バクバク鳴る心臓の音が余計に現実感を無くさせる。見慣れた家の階段が、突然知らない場所になった気さえする。
さっき耳に触れた時は冷たかったのに、今はじんわりと暖かい京の手だけが弘を安心させた。
自室のドアを開ける時、少しだけ弘は躊躇した。
──中に入ったら、もう逃げられない。
逃げるつもりもないのに、そんな思考が横切った。
そんな弘を攫うように、京が弘を部屋の中に押し込む。あっと思う間もなく、ベッドまで追い詰められる。
そのつもりで温めてあった部屋、ベッドから手の届く場所に用意したローションやゴムがやたらと恥ずかしい。
だけど、そんな弘の恥じらいも無視して京が迫る。
「ほんとに、いいの?」
コクリと頷いて意思を伝える。
「僕はしたい」
はっきりと答えると、弘の意思を聞いて安心した京の両手が弘を捉える。情熱的なキスを落として、目的を持った手が触れる。
頬から耳を掠めて髪に指を絡め、弘の頭を掻き抱いて、そのままベッドに弘を縫い付けた。その強く押さえ付けられた荒々しさが嬉しくて、弘はゾクゾクと身を震わせた。
至近距離で覗き込む京の顔に乱暴な衝動が見え隠れする。その荒々しさに怯みながら、隠しきれない期待を込めた瞳と視線が合う。
それが合図になって、京はもう一度噛みつく様に唇を合わせた。
おずおずと差し出された舌を絡めて吸い上げる。
「っん」
弘の喉奥で鳴る音がもっと聞きたくて、口の中に直接吐息を送り込む。口腔を翻弄された弘が必死で京に呼吸を合わせた。京が思う様舐め吸い満足して唇を離す頃には、弘は厚ぼったい紅い唇を濡らし、とろんとした視線で頬を上気させている。
ぼやっとしたままの弘が、視点を合わせようとゆっくり瞬きをすると、思いがけず長い睫毛に目を奪われて京はドキリとする。
──こんな顔をしていたっけ?
京は、その睫毛を涙に濡らしてみたくなる。
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