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第5話

 朝鮮族の焼肉レストランで夕食を食べていたら、酔っ払いに絡まれてしまったのだ。   隣のテーブルには男女5人が座っていてやたら興奮して大声でしゃべっていた。  初めは楽しそうだったので、ちょっとうるさいなと思ったけれど気にしないでいた。地声の大きい中国人にはよくあることだったからだ。  ところが突然、男性3人が口論を始めた。  店を出ようとした孝弘が店員に声を掛けたら、その声が気に障ったらしく男が突然大声で罵りはじめたのだ。  孝弘は相手にしなかったが、その冷静な態度がますます相手を煽ったらしい。殴り合いになりかけたところを祐樹が男の手首をぐっと掴み、ぎっと相手の目を見据えた。 「お前ら、いい加減にしろよ」  決して大声ではなかった。  でも腹から出したその声に籠った迫力と、きれいな顔に浮かんだ剣呑な目の輝きに、腕を掴まれた男は怯んだ表情になった。  店中の人間が注目するなか、背後からけしかける声がかかった。仲間にあとに引けなくなった男がさらに踏み込もうとした時。 「うわああああっ、ああああ」  突然、男が上げた大声に、店中の人間がぎょっとした顔をした。  何をしたのか、間近で見ていた孝弘にもわからなかった。  祐樹が男の手首をくいっと軽くひねったと思ったら次の瞬間、肩からねじり上げられ、男の顔が真っ赤になった。  祐樹は涼しい表情で、特に力を入れているようにも見えない。 「聞こえなかったか。いい加減にしろ、と言ったんだ」  低い声に込められた迫力に男は顔を真っ赤にして、はくはくと酸欠の金魚のようになっている。祐樹は日本語だったが、充分その意味は通じただろう。  ぐうああっと男の喉から声が漏れて、ぎりぎりと関節がきしむ。  男が堪えきれず膝を折って崩れたところで、祐樹はようやく腕を離した。  逃げるように店を出て乗ったタクシーで「ごめんね」と祐樹は決まり悪げに微笑んだ。  孝弘はあの大声を出す中国人に迫力負けしない度胸をすごいと思ったが、祐樹は恥ずかしそうに首をすくめる。  祐樹の強さもケンカ沙汰に動じない姿もちょっと意外だった。でもよく考えたら男ばっかり四人兄弟で、取っ組み合いも日常で育ったと聞いていた。  部屋に戻ったあと、あの関節技を孝弘に教えてくれた。  手を取られて関節の回し方をレクチャーされた。肘を固定して手首の可動部を逆にひねるだけなのだが効果は大きい。「うん、上手」と誉められて顔が熱くなった。  実践する機会はいまのところないけれど、祐樹に肩や手や手首を握られて妙にドキドキしたのを覚えている。  思えばあのとき、すでに祐樹を好きになっていたんだろう。

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