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第8話
「ごめん、こっちに来たら連れて行こうと思ってたんだ。まともなコーヒーが飲める店だって」
くすくす笑う電話越しの声に、触りたいなと思う。ぎゅっと抱きしめてキスしたい。
「じゃあ楽しみにしてる。みんなで北京にいるなんて久しぶりじゃない?」
「うん、カフェの開店準備でこっち来てたんだ。レオンは2日後には香港に戻るよ。ふたりとも祐樹に会いたがってた」
「おれも会いたいな。またちょくちょく北京に来るんでしょ? おれが北京にいる間に会えたらいいけど」
「カフェの件もあるし来ると思う。北京で会えなくても、大連に呼んだらいいよ。そんなたいした距離じゃないし」
「うん、よかった。あ、孝弘、来週、荷物出すけど、何か送ってほしいものある?」
「んー、あった気がするんだけど。…なんか細々したものがないんだよな。でもなくてもなんとかなるから忘れちゃうっていうか」
「思い出したらメールして。木曜に出す予定になってるから」
「わかった、ありがと」
ほぼ毎日職場で電話しているから、しょっちゅう声は聞いている。
でも会社で聞くのとはやっぱり声のあまさが違っていて、プライベートの祐樹の声は孝弘の気持ちをふわふわさせる。
仕事のときのきりっとした顔や声も好きだけど、じぶんにしか見せない恋人モードのそれがとても好きだ。震えるまつげを伏せた顔、快楽に蕩けた声を聞きたい。
いたずら心が騒ぎ出す。
家に帰ってきてから飲んだビールが回ってきた気がする。
「祐樹、いま何着てる?」
「え、タンクトップとジャージ」
あとは寝るだけ、という状況なんだろう。
「うん。…好きだよ、祐樹。ね、俺の言うとおりにできる?」
「何を?」
祐樹は素直な口調でふしぎそうに訊いてくる。ちょっと首をかしげるようすが目に浮かぶ。
欲情を込めてささやいた。
「祐樹の声が聞きたい。聞かせてよ、かわいい蕩けた声」
孝弘の声ににじんだ艶っぽさに気づいたんだろう、祐樹が息を飲んだのが受話器越しに聞こえてきた。
孝弘の意図は伝わっているはずだ。
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