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かわいいふくをきせてみよう。2/3
履き終えたのを確認して、俺は床のカップを片付けようと立ち上がる。
そしてその姿をミオはじっと見つめている。
なんか視線が痛いなぁ、もう………。
「な、なぁ、」
「なに遼ちゃん?」
「さっき俺が倒れてても起きてたみたいだけど、オマエ寝たりとかしないの?」
「え? ちゃんと寝るよ。でも遼ちゃんが『キーワード』を言ってくれなきゃ寝れないの」
「キーワード? ………あぁ! あれか!」
思い出し、取説を拾い上げる。
『あなたの恋人を寝かせる(スリープモードにする)方法』
『一、恋人の目を見て「○○(恋人の名前)、おやすみ」と言ってあげましょう。』
『二、あなたと五時間以上会話ができない状態が続くと自動的にスリープモードになります。
※これはあなたに不測の事態(事故など)が起こった場合などの緊急用です。
あくまで緊急用ですので、仕事などの外出前、睡眠前等は必ず一の方法をお使い下さい。』
うっ、そんなこと言ってやらなきゃいけねーのかよ………しかも毎日だろコレ?
性別さえ間違ってなけりゃ喜んで言ってやれたんだろうけど。
でもいつまでも見つめられててもアレだし。
「ミオ、」
「なに遼ちゃん?」
「今からちょっと相手してらんないからさ、寝ててもらえるかな?」
「うん、わかった」
ミオが俺の目をさらにじっと見る。
「ミオ、………お、おやすみ」
あーもう、なんでこんな一言いうだけにいちいち照れてんだ俺っっ。
でも、
「おやすみ、遼ちゃん」
どうやらちゃんと伝わったらしく、ミオはにっこり微笑む。
そして、微笑んだまま目を小さく伏せると黙って立ち上がる。
「? お、おい、どこ行くんだよ?」
「………………」
それには答えず、ミオは部屋をきょろきょろと見渡し、壁の前に立つとそこに背を向けもたれ、足を伸ばして座ってやっと目を閉じた。
な、なんだったんだ今の………? もう一度取説を見る。
『スリープモードに入ると、恋人は安全な場所を探しそこで休みます。
あらかじめ寝る場所を教えておくと、以降はそこで休むようになります。
その際は必ず恋人にとって安定する、安全に休める場所を選んであげましょう。』
読み返し、壁にもたれて大人しくなったミオを見る。
ちなみに起こす時は耳元で「○○(恋人の名前)おはよう」と言わなきゃいけないらしい。
まぁ、ちゃんと読んでみると、ここに書かれている言葉に限らず違う言葉や動作にも変えられると書いてある。
それはいいとして。
………はぁ、いきなり疲れがどっと出てきた。でも課題は山ほど残っている。
いきなり起動しちゃったからごたごたしてまともに取説も読めなかったなぁ。今のうちにちょっと覚えておこうか。
カップを片付け床を拭き、俺は再びソファに座って静かな部屋で取説をぱらぱらとめくっていく。
このセクサロイドを動かすには「キーワード」というものがいくつか存在するのは知っていた。
基本的に、たいていのことは日常会話の「命令」で従順に作動する。
それも性格によるだろうけど………すぐにはそうしない天邪鬼もいるのかな。
さっきセーラー服を着ていたのもその前に「箱の中の服を着ろ」と言ったからそれに従ったのだろう。
寝かす時、起こす時の言葉はもちろん、中に出しちゃった時(……)や体内をたまにクリーニングしなきゃいけない時は、自分で洗浄させる機能を発動させる言葉も載っている。
ちょっと前に調べたサイトでは、取説にも載ってないとある言動を見せると、一時的に性格を変えたりできるとか、マニュアルにはない動作を見せるとか、いわゆる「裏技」的なものもある、という噂も書かれてあった。
俺が今回購入したのは「恋愛型」セクサロイドというもののせいか、どうもアイツの回路の中には一種のゲーム的な要素も含まれているようだ。
まぁ、確かにそれくらいのお楽しみがないと長く一緒にはいられないだろうし、 そのつもりで買ったわけだし。
え?
じゃ、俺、この「男の子タイプ」のセクサロイドとずっと一緒に暮らさなきゃいけないわけ?
いや、俺全っ然そんな気ないし。てゆーか、ホモになるなんて冗談じゃないし。
ちょっと変な趣味持った楽しい友達くらいならわかるけど、いつまでもそんな関係でいたら「セクサロイド」としての機能がどこかでおかしくなってしまうかもしれない。
それ以前にアイツの動作を見ているうちに少し変な気分になる自分が、先におかしくなりそうだ。
このままずっと眠ってもらおうか………いや、さすがにそれはもったいない。
確か、たまに開封後未使用のセクサロイドをオークションに出してるのを見かけるけど、あれはきっと起動前のことだろうし、もう名前も付けちゃったし覚えられてもいるし。
と、考えあぐねながら取説の最後の方をめくっていると、思いもよらぬ文字が目に飛び込んできた。
三角の中に「!」の付いた警告を示すマーク。
『恋人のリセット、初期化の方法』
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