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かわいいふくをきせてみよう。3/3
「ミオ、………ミオ、おはよう」
「……………遼ちゃん、おはよう」
最初の時と同じく少し何かを探すように視線を泳がせたあと、俺の方を向き、にっこりと微笑む。
そのミオの両肩に自分の両手を置く。
「ミオ、」
「なに遼ちゃん?」
「………あのな、ミオ、………」
『一、最初に、「○○(恋人の名前)、別れよう」と目を見て言いましょう。
これで、初期化プログラムを制御していたロックが解除されます。』
『二、一のあと、十分以内に恋人の目を見て「さよなら」と言いましょう。初期化プログラムが作動します。
言えないまま十分以上経つと、またロックされます。』
「どうしたの遼ちゃん?」
「あの………、ミオ、」
もう半値でもそれ以下でもなんでもいい。
これだけの器量があればもっと本当に可愛がれる相手が現れるはず。
俺だけじゃなく、それがコイツのためにだってなるはずだ。
「ミオ、」
「なに遼ちゃん?」
手首についてしまった染みだって、保障期間内のメンテナンスで多分なんとかなるかもしれない。
たとえ完全に消えなくたって、コイツは上手く説明できる回路を持っている。
「遼ちゃん?」
リセットされて、誰かにもらわれて。その人の名前を呼ぶ。
じっと見つめて、少し首をかしげて、微笑んで。
───俺以外のヤツにだって、きっと、そうする。
「………ミオ、」
「うん、」
「………今度寝る時は、あのソファで寝ればいいから」
やっぱり無理だ。言えるわけがない。
「ソファ? あのソファで寝ていいの?」
「あぁ、横になって寝ても大丈夫だから」
「………わかった遼ちゃん、ありがとう」
小さな機械音が静かな部屋に響く。
「ソファはわかったけど遼ちゃん、どうしてさっきからそんな辛そうな顔してるの?」
「え? ………いや、なんでもない、けど………」
「遼ちゃん、」
溜息をついて肩を落とす俺を見て、ミオは身を乗り出すようにして顔を近づける。
反射的にやっぱり身体がのけぞってしまうけど。
「な……なに?」
「あのね、僕ここに来て………まだ何もしてない………」
「っ!?」
してない………してないって…………アッチのことだよな?
「いや、今日は………俺ももう、寝るから………」
「寝ちゃうの? じゃあね、じゃあ遼ちゃん、」
「なんだよ」
「あのね、………指だけでもいいから舐めていい?」
「なっ………!」
恥ずかしそうにそう言ってうつむくミオに、俺はまた魂がどこかへ飛んでいきそうになる。
「指だけ」の「だけ」ってなんだよ他をどうしたいつもりなんだコイツはっっ。
「おまっ………そ、そんなの………っ」
「ねぇ遼ちゃん、ダメ?」
「だめだめだめっっ! ダメに決まってんだろバカ!」
「ごめん………遼ちゃんがダメって言うならもう言わない」
「~~~~~っっ」
そしてしょげられると、ひどく悪い言い方をしてしまった気分になる。
ついさっきまでリセットしてやろうなんて思ってたくせに、こんなことでもすでに罪悪感を強く感じてしまうなんて。
簡単には手放せない、恋愛型セクサロイドのチカラを思い知る。
「ごめん遼ちゃん、まだ怒ってるの?」
「………コレ!」
「?」
俺は人差し指をミオの目の前に突きつける。
「なに、遼ちゃん?」
「………触れるだけ、ならいいから………」
「触れるって? この指にちゅーしていいの?」
「ちゅ、ちゅーっていうか………まぁ、それでオマエの気が済むんだったらそれくら」
「ありがとう遼ちゃん!」
途端にパッと明るくなって俺の手を力強く両手で掴む。
「ままま待てっ! 触れるだけだぞ? 舐めたり噛んだり吸ったりしたら承知しねーからなっっ!」
「わかってるよぉ」
思っきり身体を離し、腕だけをピンと張り伸ばした状態で俺は顔を横に向ける。………けれど気になってつい横目でその様子を見たくなってしまう。
ミオはしばしじっと俺の指先を見つめ、ものすごく幸せそうに目を細めてそこに口付ける。
…………思ってたよりやわらかいな………って、なに考えてんだ俺はっ!
「ありがとう、遼ちゃん」
「あぁ、どうも………じゃ、俺も寝るから」
「うん」
「………あ、そうだ。これから寝る時のキーワードは『寝ろ』だから。
起こす時は耳元で『起きろ』って言ってやるから。わかったか?」
「………うん、わかった」
カシャカシャッと小さな音がして、ミオはうなづく。
「寝る場所わかってるな?」
「うん、ソファでしょ?」
「そう。んじゃな、もう寝ろ」
「うん………おやすみ、遼ちゃん」
ミオは立ち上がり、言われた通りちゃんとソファへ歩み寄ってそこで横になる。
そして………にっこり笑って俺に軽く手を振って、目を閉じた。
ここまで出来るのか。ったく、あなどれねーな。
あれ?
…………なんで俺のMサイズ、急にXLサイズになってんだ?
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