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ふたりのやくそくをつくってみよう。5/5

「遼ちゃん?」  ミオは、一瞬きょとんとする。 「だから、俺もわかんないんだ、いろんなことが。  つい怒鳴っちまうのも、怒ってるんじゃなくて、ただ、わかんないだけで」 「…………………」 「でも俺は、オマエが嫌いとかイヤだとかそういうことじゃ絶対なくて、一緒にいてやっていいと思ってる。 だから、そこんとこは誤解しないで欲しいんだけど………」 「遼ちゃん………」  聞きながらもミオはぽろぽろ涙をこぼしている。 「ミオ、俺はもう少し、時間が欲しい」 「もう少し? どれくらい?」 「どれくらいって………だから、そ、そのうち、だよ」 「そのうちって、いつ?」 「だからそんなの、」 「遼ちゃん、」 「なんだよ?」 「僕はそういう『曖昧な約束』はできないようになってるの」 「っ………………」 「ごめんなさい、今は嘘でもいいからちゃんと約束してほしいの。  ………遼ちゃんの言いたいことはわかる、けど、僕はそういう風には出来てな」 「わかったそれ以上言うな。………わかったから、もう泣くんじゃねーよ」  俺はミオの頭を撫でる。 「そのうち………うん、そんなに遠い先の話じゃないよ。じゃあとりあえず一週間後、もう一度答えを聞いてくれるか? つか、それでいいか?」 「一週間後?」 「そう」 「………うん、わかった」  ピーー、カシャ。  涙は流れてるけど、ミオはやっと微笑む。 「遼ちゃん、」 「ん?」 「今、『おあずけ』のプログラムが出来たよ」 「は? おあずけ? なんだよそ」 「一週間、僕がえっちなことには作動しないプログラムが出来たよ。僕の目を見て『ちょっと待ってろ』ってキーワードを言ってね? それを言ってくれたら、僕は一週間えっちはロックされる状態になるよ。」 「ミ、オ………?」 「ロックされてから一週間後に、僕が『抱いてくれる?』って聞くから、遼ちゃんは僕の目を見て『抱いてやる』ってキーワードを言ってね? それで解除されるよ。  もう一週間ロックしたい時は『ちょっと待ってろ』ってキーワードを言ってね?   日数とキーワードはあとでも変えられるよ。名前は、『おあずけプログラム』だよ。」 「あの………?」  そんなの取説になかったし誰もそんなこと言ってないし。  キーワードも俺が今まで使ってたようなやけに砕けた感じだし。  いや、それ以前にコイツからこんなキーワードの説明なんて聞いたこともない。  ………あ、まさかこれが「裏技」ってやつか? 「………なんだ、じゃ最初からちゃんと言っておけばよかったってこと?」 「え? ………遼ちゃん、なんの話?」 「いや、こっちの話………なんだ、あそう、ハハ、そうなんだ?」 「遼ちゃん?」  再びきょとんとするミオをよそに、俺は脱力するように一人で笑う。 「遼ちゃん………どうしたの?」 「え? あぁ、ごめん。いや、ありがとな。じゃ、じゃあキーワード言って寝てもら」 「あ、待って!」 「っ、なに?」 「ねぇ遼ちゃん、」  キーワードを言おうとした俺を止め、ミオはまたいつものおねだり風な表情になる。 「な、なんだよ?」 「あのね、寝る前に………ちゅーだけしていい?」 「え? だっ、だから俺はっ」 「ごめんね遼ちゃん、でも僕も我慢できないの………」  焦る俺をよそにミオは少し顔を近づける。 「ままま待ったミオ、俺は、っ!」  ぷに。  言い終わらないうちに俺の口唇はふさがれる。  ミオの指先に。 「………お、オマエ………」 「だって遼ちゃん、いつもこうやって僕にちゅーしてくれるでしょ?」 「…………………」 「だからね、一回僕からもしてみたかったの」  泣いてるような笑ってるような顔でミオが首をかしげる。  ああもう、なんなんだよコイツ。  ああもう………まったく。  ───この「セクサロイド野郎」は。  自分の中で何かが弾け、俺の口唇付近に浮いてたミオの指を掴んで離し、気がついたらミオの口唇に自分の口唇を押し付けていた。 「…………………」 「…………………」  少し離れると、二人、静かに見つめ合う形になって。 「………遼ちゃん」 「っっ、いや、あのっっ」  ミオの言葉でハッとする。  うわ今俺キスしちゃったよしかも自分からでファーストキスで………顔が一気に赤くなる。  その顔を見られるのが恥ずかしくて、勢いで今度はミオを抱きしめる。  いやいや、俺、なにやってんの? 「遼ちゃん………今、」 「な、なんでオマエが驚いてんだよ」 「だって」 「これくらいなら、俺だってしてやれる、んだよ………」 「っ、遼ちゃん!」  ぎゅっとさらに抱きしめ返される。  風呂上がりのせいなのか仕様なのか、その身体はあたたかい。  あ、なんかいい感じ。  なんか…………ヤバイ。 「ミオ、」 「なに遼ちゃん?」 「い、今ならできるかも」 「え? できるかもって?」  少し身体を離し、ミオが俺の目を見る。 「だから、今オマエをだ、抱けるかも………」 「かもなんて言わないで、抱いてくれるの?」 「………う、うん、抱ける、抱けるよ」 「ホント?」 「うん………よし! じゃ準備するよ」  確かコイツと一緒に届いた箱の中に小さなローションが入ってたはず(必要だってネットでも教えてもらってた)。  よし、このテンションを持ってすればきっと………! 「準備?」 「おぉ、今持ってくるから! じゃミオ、ちょっと待ってろ!」 「うん、今、ロックされたよ」 「え?」  え? ……………あっっ!! 「いややややや違うミオっ! 今のはそういう意味じゃなくてっっ!」 「どうしたの遼ちゃん?」 「いや、あの、だから………するんだよ、わかるか?」 「え? するって?」  一人焦る俺をよそに、ミオはいつものように首をかしげて微笑む。 「だっ、だからつまり、………あ、じゃミオ、まず寝ろ、」 「うん、おやすみ、遼ちゃん」 「え? ………っ! ぬああぁぁーーっっ!」  一人パニックに陥る俺を置き、ミオは幸せそうに目を伏せて微笑みながらベッドを降り、パタン………と寝室を出て行った。  歓喜から、一気に落胆。 「こんなミスあるかよ………」  恥ずかしくて簡略化してたキーワードがこんな形でアダになるなんて。  そのショックの振り幅は、初めてアイツを見た時よりもずっと大きくて、追いかける気力もなく俺はベッドに一人、沈み込む。  せっかくその気になっていたのに。  せっかくアイツを喜ばせてやろうと思っていたのに。  ───やっと「好きだ」って気付いたのに。 「あーもうクソッッ!」  ヤケクソになって下を全部脱いで半泣きでベッドにもぐりこむ。  独りで、「男の子タイプ」の笑顔やら裸体やらを思い浮かべながら。  ああもう!  これからまた一週間どうやって過ごしゃいいんだチクショーーーッッ!

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