28 / 32

ろいどっくほすぴたる 2/6

 会社を昼前で上がり(土日はやっぱり予約が取れなかったため)、車で移動、午後に指定されたロイド専用の検査院へ行く。  最初はメンテナンスなんていうものだからメカメカしい造りを想像していたけど、前もってネットで調べてた通り、外観も中の雰囲気も人間の病院とほとんど変わりがない。 「付き添いの松沢様と、今回検査をされるミオ様ですね」 「はい」 「わたくし、ミオ様の担当をさせていただく検査医の吉岡と申します」 「あ、はい………よろしくお願いしますっっ」  検査医という吉岡さんも白衣を着ていて、やっぱり病院然としている。 「では検査前の待機室へご案内いたします。検査は午後五時から始めますので、そちらで少々お待ち下さい」 「はいっ、」 「お待ちいただく間に松沢様はこちらのチェックシートにご記入をお願いいたします、書き終えましたら最後の紙に検査用のキーワードが書いてありますので、それを言ってあげて下さい。  検査開始は五時ですので、それまでに横になっていただくようお願いします」 「あ、はい………じゃ、ミオこっちだって」 「………遼ちゃん、」 「大丈夫だから。心配すんなって」  ひとまず通された個室にあるベッドにミオを座らせ、俺もベッド脇にある椅子に腰掛けて渡されたチェックシートを見る。  そこには共に暮らしていてどこか具合の悪い点を感じないか、もしくはこの半年で具合が悪くなったことが無いかというメディカルチェック的なものもあれば、持ち主の希望で変えたい部分はないかというある種の改造的な質問もある。  よく使う部分(詳しくは言わないが)やバッテリーみたいなのを新しくするだけかと思っていたら、ちょっとだけ今までと違う具合に変えたり、感度の調整もできるようだ。  そして、性格も少しであれば変えられる、という。  確かにマンネリを感じる人にとってはありがたいことなんだろうけど………とりあえず俺自身は今のところ変えたい、と思う部分は特になかったり。  ………少しでも性格が変わってしまうなんて、逆に淋しささえ覚えてしまう。  具合の悪い部分も思い当たらないし、下手にいじられてどこか異変が出てしまうのも困るし、変更は一切なしでシートに書き込み、後半のエステ項目になる。  日常の風呂だけでは落ちないようなボディの汚れを徹底的にキレイにしてもらえるようだ。  これも希望があれば美白や日焼け肌への変更、よく使う部分(詳しくは言わ略)の色の変更もできたり。  それも特にないからなぁと思いつつ、はた、と気付く。  ………あの右手首のコーヒーの染みはどうなっちゃうんだろう。  もしかしたらエステである程度キレイにしてもらえるのだろうか。 「…………………」  しばらく考えて、備考欄に思ったことをそのまま書いた。  そして、めくって最後に書かれているという検査用のキーワードを見る。  昔の家庭用ゲーム機にあったパスワードのような、言葉に意味のない謎の文字の羅列があるだけで、そして区切ってもいいから、目を見てゆっくりちゃんと言えばいいと書いてある。 なるほど、これならうっかり日常会話で言ってしまうという心配はないだろうなと妙に納得。 「ミオ、」 「なに遼ちゃん」  顔を上げるミオは、やっぱり不安げな表情をしている。 「大丈夫………大丈夫だから、ミオ」 「遼ちゃん………」  今にも泣きそうになるのを見ていると、こっちまで緊張してくる。  メンテの失敗なんてないに等しいと言われたって、やっぱり不安になってくる。 「遼ちゃん………」 「ん?」 「どうしたの? 遼ちゃん何か困ってるの?」 「えっ? あ、いや、大丈夫だよ、ごめん」 「なんでごめんなの? 遼ちゃんは謝るようなこと何もしてないよ?」  コイツの心配をしているというのに、ミオは俺の顔を見て慰めモードに入ってしまい、やっぱりおかしくて、………ちょっと可愛くて、少し笑いながら頭を撫でる。 「うん、俺も大丈夫だから。とりあえずオマエには寝てもらうぞ、いいな?」 「うん………」  時間が来たら検査医も入ってくるだろうし、うなづくミオを確認してキーワードを言う。  ミオは一瞬首を傾げ、それから静かに微笑んで目を伏せ、ベッドに横たわって目を閉じる。  そしてのちに入ってきた吉岡さんにチェックシートを渡し、検査院をあとにした。 ◆◆◆ 「ただいまー………」  ドアを開けて声をかける。もちろん何の返事もない。  昼間にいつも寝かせているソファを見ると「お目覚めロイドちゃん」だけが置いてある。  三ヶ月前に購入したロイド専用のグッズのひとつだ。  その名の通りロイド用の目覚まし時計で、ヘッドフォンの形をしている。  俺が帰ってくる少し前に携帯を使って送信すると起動され、あらかじめ俺の声で録音しておいた起きて待ってもらう用のキーワードがミオの耳元で流れる仕組み(起こす時だけは目を見る必要がないから声だけでヨイのだ)。  これによって、帰ってきて玄関から声をかけるだけでミオが出迎えてくれるというわけで。  そして当然のことながら、今夜はそれが無いわけで。  わかっていても、軽くため息が出てしまう。  わかっていても、寝室まで覗きに行ってしまう。  い、いや、今夜たった一晩いないだけだし、そんなにメランコリックになる必要は………と思いつつも、どうにも落ち着かない。  ドサドサとソファに届いた郵便物を投げる。  その中にはネットで注文して届いたDVDもあって、まぁその、一人慰め用というか………。  気が付けば、街中やTVで以前ならタイプだったろう女性を見かけても何も反応しない自分に少し焦り、いやいや、そんなはずはない、と久しぶりに購入したものだ。  まぁ、い、一応男性同士のものもどんな世界か気になってひとつ買ったけど。  茶髪ショートでスレンダー系の女の子を選んだのは元からのタイプであって、それ以上の意味はない、断じて。  ちょっと笑顔がミオっぽい男の子だなと思ったのだって、たまたまの偶然である、断じて!  って、アイツもいねーのにナニ一人であたふたしてんだ、と思いつつデッキにDVDを入れる。  そう! 久しぶりの一人なんだから満喫しなきゃ損だ!  と、言い聞かせながらもなぜかソファの端の方へ座ってしまう自分がアレだけど。  ………結局、役に立ったのは男同士のDVDだけだった。

ともだちにシェアしよう!