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ろいどっくほすぴたる 3/6

 翌日。 「あのすみませんっ、午前に留守電から連絡を受けた松沢、ですが」 「………あぁ、はい。ロイド名はミオさんでしたっけ?」 「そ、そうです」  迎えに行く時間まで余裕がありつつ仕事から帰り、留守電を聞いたら検査院からで。  ………その内容を聞き、顔面蒼白になった。 「あの、それでっ、故障個所が見つかった、ってのは………」 「あぁはい、とりあえずこちらにどうぞ」  昨日会った吉岡さんが対応してくれるかと思っていたら、篠田という違う男だった。 「電話でも申し上げましたが、故障個所が見つかって修理が必要になりまして」 「…………………」 「改めて同意書が必要ですので、こちらにサインお願いいただけますか」 「や、あの………どこがどうなのか、教えていただけませんか?」  男は事務的に、半ばめんどくさそうにさっさと済まそうとするので、慌てて事情を訊ねる。  男はパラパラと、昨日俺が書いたチェックシートを眺める。 「日頃の生活で問題はなかったらしいですけど………」 「えぇ、はい」 「日常会話で変だと思ったところはありませんでした?」 「? ………例えば、」 「簡単な物の名前が出てこないというか、知らない、というか」 「物の名前………」  いろいろと、思い返してみる。 「あの、野菜の名前を知らない、とか、空の星とか月とか、ですか?」 「そういうことです」 「っ、それ、性格とか初期設定じゃなかったんですか?」 「いくらロイドでもそこまでバカじゃありませんよ。まぁ、ロリコン、ショタコン専用の子供ロイドなら話は別ですが」 「…………………」  男の言い方にあれこれ引っかかりはするが、まさかあの言動自体がすでに初期からはみ出ていたなんて、疑いもしていなかった。 「原因、ってのは分かったんですか?」 「まぁ何らかの衝撃で回線の接続の一部が甘くなってる状態なんで、どこかで大きくぶつけたとか、そういったことだと思いますが」 「……………………」 「思い当たることありませんか?」 「……………あっ、」  もしかして。 「最初………起動前に思いっきり転ばせてしまったことがありまして」 「あぁ、おたくさんが倒しちゃったんですね」 「………………」 「多分、それで全身に衝撃があったんだと思われます。最初だったんで気付かなかったんでしょうね」 「そ、それで、どうなるんですか………」  目の前が真っ暗になる。  異常なんて、思ったこともなかった。  あれが、………いつも一緒にいるミオのあの言動が正しくすべてだと思っていた、のに。 「現段階で外れていても固定されていない中途半端な状態ですんで、このままでいると何かの拍子にくっついたり、また離れたりなど不安定になるかと。  ほっておくと言語機能や知能的にいろいろ問題が出てくると思われます」 「……………………」 「それで、その接続部分を改めてつなぎ直すか、外れたままで固定させるか、どちらかを選んでもらえますか?」 「………どっちが、どう、なんですか………」  男が両手の指先でくっつけたり離したりする仕草を見ながらも、声が震える。 「つなぎ直したら名前も理解できますし、言語能力も知能も上がります」 「え? でもそれって、今まではつながってない状態で生活してきたわけですし、それをしてしまうと今までと違って人格が変わってしまう、ってことですよね?」 「人格とか大げさですが。まぁ、そういうことになりますね」 「………………」 「固定させれば言語能力は落ちたままですが今の生活と変わらないかと」 「その他の部分は大丈夫なんですか?」 「はい、他の回路の方は問題ありません」  手元に置かれた同意書が目に入る。  神経をつなぎ直す繊細な手術なので確実な保証はできないけれどそれでもいいですかという、人間のそれと似たようなことが書かれている。 「あの、篠田さんが手術なさるんですか?」 「いえ。修理は辻井という技師がやります。まぁ、よくある手術なので失敗も今までないですし大丈夫だと思われますが」 「でも、万が一、ってこともありますよね?」 「ありますが、そこんとこ了承していただかないと」 「…………………」  ◆◆◆  もう三日、手術のためにとミオは入院という形になり、俺はまた一人で自分の部屋に帰ってきた。  当然のことながら外れた回線をそのまま固定させる方を選んだ。  そして当然だが、不安だけはいつまでも拭えない。  もし、何らかの形で失敗してしまったら。  少しでもどこかが変わり、つい昨日までのミオじゃなくなってしまったら。  ソファに深々と座り、頭も混乱し、そこからまったく動けなくなる。  心配もある。………だけど同じくらいショックだったのは。 「手術なんて大層なこと言ってますが、車とかパソコンとかああいった修理と似たようなもんですよ」  最後に言われた、男の言葉。  まるで「たかがロイドに」とでも言いたげな態度。  ミオを人間然として付き合っていたことがさも滑稽と捉えてるような、あの男の言葉の終始がいつまでも頭の中を巡る。  なんだかんだいって、あそこの検査院の人たちはその程度にしか考えていないのか。  アイツはロイドであって人間ではない、それはもちろんわかっている。  それでも今の自分にとって大切な存在であること、他とはまるで違う、特別な愛すべき存在であることには変わりない。  ………その気持ちには、嘘なんて一つも混じってなんかいない。  それはミオの方だって、ミオの仕草や言葉にだって同じものだと、信じてきた。  今まで過ごしてきた数々の思い出に、嘘なんか一つも混じってなんかいない。  二人で作り上げた、二人だけの大事な思い出だ。  すっかり打ちのめされた気分で、いろいろな思い出が浮かびながらも結局、この夜は言い得ぬ虚しさと溜息しか出てこなかった。

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