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遺伝子_5

並ぶこと30分、無事店内に入ると四人掛けの席へと案内される。当然、女達も一緒にだ。 兄さんの隣には茶髪のロングヘアーの女、必然的に俺の隣はその女の連れ。正面には兄さんだ。 テーブルに置かれたメニュー表は2冊で、向かいでは兄さんと女が楽しそうにメニューを見ている。 ………さっきメニュー決めただろうが。 「あの、どうしますか?」 隣に座る女も同じようにメニュー表を開いて身を寄せようとしてきたので、掌を見せて動きを止める。 「もう決まってるんで。お気遣いなく」 「あ、そうなんですね……ごめんなさい」 「いや謝ることじゃ――ッ……!」 言葉の途中で息を呑んだのは脛に走った激痛のせいだ。 「……大丈夫ですか?」 「〜〜……ああ、問題ない」 心配の声に平然を装って返すが、透かさず正面に座る兄さんを睨む。 脛を蹴った張本人は変わらずニコニコとメニュー表を見ているが、口だけが俺に向けて動いた。 “優しく”、兄さんの口はきっとそう動いた。 ………何が悲しくてこんな見ず知らずの女に優しくしなくちゃならないんだ。やってられるか。 「…ごめん。ちょっとトイレ」 立ち上がる瞬間、蹴られた脛が痛んでまた少し苛立った。 それでも何でもない素振りを見せてトイレまで移動する。 冷たい水で顔を洗えばいくらか気分が晴れた。 「………帰りたい」 出てくるのはこの言葉と溜め息ばかりだ。 それでも現状が変わることはない。 今日一番の深い溜め息を溢し、更に水で顔を濡らした。 バシャバシャと鳴る水音に混じり、ドアの開く音がする。 その次には背中にのし掛かる重み。 「はーづーき、何怒ってんの?」 「……兄さん」 濡れたまま顔だけを上げて鏡越しに姿を見る。 口を尖らせる様子は憎たらしいのに可愛らしい。 「何でもないよ」 身体を起こすと兄さんはひょいっと上から退いて、覗き込むように俺の目を見る。 「嘘。絶対怒ってる。何で?もしかして女の子好みじゃなかった?それなら俺、そっちの子でも――」 「――違うよ。そんなんじゃない」 「じゃあ何?」 こうやって感情の起伏とか余計なことには気付くくせに、どうして肝心なことは何も伝わらないんだろう。 「俺は兄さんとパンケーキを食べる約束をしたのであって、見ず知らずの女と約束した覚えはない」 「そーだけど……女の子だよ?得じゃん?損ってことはないと思うよ。大体葉月って全然女の子に興味示さないから、俺としては心配して――」 「損だよ、俺にとっては」 「………え?」 「兄さんとの時間が減る、それだけで俺にとっては損なんだよ」 そうだ。 どうせ溶けて消える想いなら、壊れて、棄ててしまえばいい。 「は……ははは、本当葉月はお兄ちゃんのこと好きなんだな」 「好きだよ。どうしようもないぐらい」 「え、ちょっ、近いって…手離しっ……」 後退る身体を引き止めるように手を掴んで、腰に腕を回す。 対格差は殆どないから特別細いとは思わない。 ああ、でも昔から腕相撲は俺の方が強かったっけ。 「は、葉月何……?どうした、の…?」 「分かるだろう?兄さんなんだから」 似ていない。見た目も、想いも………それでもやっぱり同じ遺伝子。 「待って葉月、お願――んぅっ!」 いつも擦れる距離で見つめた唇が、ゼロ距離で触れ合う。 視界には瞠目した表情の兄さんがいて、掴む手の力を強めてしまった。

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