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遺伝子_6

目と目が合ったまま、重なった唇を離すと目の前の瞳は力なく下がった。 「……………何、これ」 「何ってキス」 「何で………?」 「訊かなきゃ分からないの?」 「………っ………」 上を向かせるために顎を掴んだ手を盛大に振り払われ、兄さんはトイレを飛び出して行く。 ……まあ、当然か。 冷静な心とは裏腹に振り払われた手はジンジンと痺れた。 いつまでもトイレにいるわけにはいかないと、席へと戻ると兄さんの姿はない。 「何かさっきお店出ていっちゃったんだけど、何かあったのかな?」 女は心配そうに言う。 何か、なんて……コイツには想像もつくまい。 「ああ、急用らしくて。すみません、ここは俺がご馳走するので許してもらえますか?」 せめてもの詫びを込めて、ここは付き合おう。 勘違いしないで欲しい。 女たちへの詫びではない、兄さんへのだ。 適当な相槌に適当な笑みを見せれば女は満足して帰っていった。 家に戻ると兄さんの姿はなく、その日は帰ってこなかった。 母には友達の家に泊まると連絡があったらしい。 不思議なことに悲しいという感情は湧かなかった。 当たり前の結果だと自身を嘲笑っただけだ。 自室のベッドに寝転がれば、微かに兄さんの匂いがする。 同じ洗剤、石鹸、シャンプーなのにどうしてこうも違うのか。 深く吸えば吸うだけより鮮明に匂いは濃くなって、俺を疼かせる。 「…………唇、柔らかかったな」 厚みのない唇だけれど、触れた感触は柔らかくて… 思い出しただけでも愚息は反応を見せる。 「……はっ、中学生のガキかよ」 どんなに壊しても溶けてなくなったりしない。 何年も何年も拗らせ続けたこの気持ちは、蝕んで離してくれない。 これは俺だけに刻まれた――遺伝子だ。 月曜の朝、母親の怒鳴り声で目が覚めた。 いつもなら兄さんが起こしに来るはずだが、どうやらまだ帰宅していないらしい。 ………嫌われたかな、完全に。 洗面台で顔を洗い、ふと目の前の鏡を覗く。 “コンタクトしないの?” そう言えば兄さんは頻りにコンタクトをさせたがっていたっけ。 俺達は似ていない。 それでも少しでも似ている部分を作りたくなくて、俺はずっとこの眼鏡をしたまま。これだけでも印象はかなり変わるからだ。 「コンタクト……ね……」 棚に置いてあった兄さんの未使用のコンタクトの箱が目に入った。 「………………」 “良い顔してるのに勿体ない” そう言っていたけれど…… 「……振り向かないくせに」 俺にとってはどうでも良くて、何の意味もないことだ。

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