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第2話 1/5
【Chihiro side】
朝、まだこの商店街も眠っている時間。
自分の店の前で、少しそわそわしながら僕は待つ。
「おはよう、千紘」
「聖司さん、おはようっ! ………あっ、これ………!」
僕はピンと腕を伸ばして、お弁当の入った包みを差し出す。
いつも朝一番に近所の人たちへのお弁当の仕込みをしてるから、よかったら聖司さんにも、と思ってこの間約束してたんだ。
だって、僕は大好きな聖司さんの恋人になれたんだもん。
「わ、マジで俺の分作ってくれたんだ………ありがと」
「うん、あのホント、大したものじゃないけどっっ」
「いいよいいよ。………つか会社で手作り弁当食えるってなんか照れるな………」
いや、嬉しいけど………と、恥ずかしそうに聖司さんは頭をポリポリとかく。
「あ、あのさ…………」
それから、さらに言いにくそうに口を開いて。
「ん?」
「明日、土曜日だから、さ」
「うん」
「よかったら、その………今夜、うちに来ない?」
「えっ?」
「あっ、いや、その、朝からいう話題じゃない、けど…………」
その言葉で、さらにどきんと心臓が跳ねる。
「う、うん! いいよ! ………お泊り、だよね?」
「おまっ、そ、そんな直球で言うなよっっ」
さらに赤くなる聖司さんは、ちょっとかわいいと思う。
「今夜は店終わるの待ってるから」
「うん、僕もお店で待ってる!」
「じゃ行ってくる、な………」
「うん、行ってらっしゃい!!」
駅に向かう聖司さんの後ろ姿を、ぴょんぴょん跳ねながら手を振って見送る。
そしてよしっと屈伸をして、僕はいつものジョギングコースを走り始める。
周りの景色が、いつもよりあざやかに見える。
普段は平気な呼吸が、今日はちょっと上がり気味だ。
なんだかとっても、ドキドキする。
聖司さんはうちの定食屋の常連さんで、ほぼ毎日仕事帰りにうちに来てくれる。
初めて来たとき、スーツ姿がとてもシュッとしててカッコよくて、そしてきれいな顔だなとしばらく見惚れてしまっていた。
椅子についた時、ネクタイのむすびめに指をつっこんでキュッとゆるめた姿も、「きぎょーせんしだ!」って感じがした。
それからずっと目が離せなくなって、一目惚れしちゃったんだ、と気付いた。
サッカー試合をよく見てるから、思い切って声をかけてみて、いろんな話をしてどんどん仲良くなっていって。
だけどそれだけじゃ物足りなくて、だんだん欲張りな気持ちになって、僕は今のままだけじゃヤダな、なんて思っちゃって…………。
そして告白をしようと決心した夜、聖司さんも同じ気持ちだと知って、すごく、すごく幸せな気持ちになった。
思い出すたびに、胸の奥がポッとあたたかくなる。
そして今日は聖司さんの家でお泊り………やっぱりドキドキが止まらなくなってしまう。
「おーい千紘!」
恥ずかしさと嬉しさでゆるんでしまいそうな顔を一生懸命こらえながら公園の池を一周して抜けた時、聞き覚えのある声がした。
「あ、いっちー! 今日も夜勤明け?」
「うん、そう」
声をかけてきたのは同じ野球チームの仲間でもある、いっちーこと市原優一。
「大丈夫? なんかいつも顔色悪いよね?」
「ただ色が白いだけだよ、昼間はずっと寝てるし」
隣の町工場で夜働いているいっちーが、手に袋を下げて、いつものように明るく声をかけてきた。
僕のジョギングの時間といっちーの帰り時間はよくかぶるから、こうやって会うたびによく話をする。
「つか、そんな千紘こそなんかいつもよりご機嫌じゃない?」
「えっ? そ、そうかな?」
やっぱり顔に出ちゃってるのかな…………。
いっちーにはカミングアウトしてるし別に隠すようなことじゃないんだけど、きっといっちーのことだからからかってくるだろうし、それはなんだかやっぱり恥ずかしいし。
「きょ、今日は天気もいいし、気持ちいいなーと思って」
「ホントいつもお気楽だね、あんたって」
あきれるように笑いながら、ふと、いっちーがあっと何かを思い出す。
「そうそう、なんか会社の同僚に勧められてさ、カップ麺いっぱいもらってきたんだ」
「へぇ、こないだはメロンパンだったよね」
「そうそう。じゃ、この担々麺どう? あんた、辛いの好きだろ?」
「うん、大好き」
「だからいっこやるよ、ほい」
「いいの? ありがとう! こないだのメロンパンもおいしかったよ!」
「あ、ほんと? 一週間連続で飽きたんじゃないかって思ってたんだけど」
「ううん。おいしかったから全然大丈夫!」
「じゃよかったよ。あ、でさ、これは麺食い終わった後にスープにごはんと卵入れてかき混ぜるとさらに美味いんだって」
「あー俺そういうの好きー、さっそくお昼に食べてみるね!」
「うん、また感想聞かせてよ」
じゃーね、と言っていっちーと別れる。
さて、と再び僕は走り出す。
そうだ、明日の朝は聖司さんと朝ごはん食べられるんだ、商店街が目覚めたら買い物にも行っておこう。
聖司さんは喜んでくれるかな、何を作ろうかな、と思いながら。
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