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第3話 3/4
【Kamiya side】
『おい神谷テメェ! またなんかしでかしただろ!?』
聖司くんの怒声にも神谷博士は余裕のハンズフリーで微笑み、ふかふかベッドに横たわりながら人型抱き枕(ちーちゃんの写真がプリントされたもの)を抱きしめあらゆる場所をスリスリしながら答えます。
「………なんだね君は。忌み嫌われるフナムシの分際で。
せっかくちーちゃんがラブコールしてくれたというのに…………早く愛らしい声をしたちーちゃんに代わりたまえ」
『うるせぇ! ふざけたこと言ってねぇで説明しろよ! 千紘のみならず、俺にまで奇行に及びやがって!』
「ふふふふふ…………」
『おい聞いてんのか神谷!』
「私のことは博士、と敬意をこめて呼びなさい、これだから下等動物は、」
『誰が博士だ、このキチ×イ野郎!!!!』
聖司くんの荒ぶりは治まりません。
「ふ。………やはり私の思った通りだ。その口ぶりからすると随分粗暴なものを普段から胸にため込んでるようだね」
『はぁ? テメェがなんかぶち込んだんだろ、俺に!!』
「まぁ確かにね。思ったことはすべて口からぶちまけられる特効薬さ」
神谷博士★恋の魔法薬
本音爆発!ブッちんプリン❤
「どうだね? 思ったことを思うまま言えるのは気持ちのいいものだろう?」
『馬鹿かよくねぇよ! 千紘にもドン引かれてるし最悪だよ!』
「それはいかがわしいことを君が口に出したからじゃないかね?」
『っっ、』
「ちーちゃんを見てムラムラするのは誰もが同じ、宇宙の法則で決まっている」
そう言いながら神谷博士は抱き枕に頬擦りします。
「しかも男なら一つや二つ、アブノーマルな性的願望があるはずだ。それをしっかりちーちゃんに吐露したんじゃないのかね?
…………さて、清らかなちーちゃんがそれを果たして受け入れてくれるかな?」
『テメェの御託はいいからさっさと元に戻す方法を言えっつんだよ!』
『神谷博士、聖司さんをちゃんと元に戻してくださいっっ!』
『おまえ黙ってろよ! こいつに声なんか聞かせるんじゃねぇ!』
『っ、………ごめん、なさい…………』
『いっ、いや、俺の方こそ悪いっっ』
「ふふ、ちーちゃんにも私の声が聞こえてるんだね…………私には見えるよ、今の言葉でちーちゃんがまた傷ついてる姿が」
そして神谷博士は、プリントされたちーちゃんの髪の辺りにキスをします。
『だから全部おまえのせいだろうが、この変態野郎!!』
「ちーちゃん、聞こえるかい? これがその男の本性だよ。やれやれ、変態野郎はどっちの事だか」
『テメェを超える変態なんかこの世にいねぇよ!』←正解です。
「汚い言葉で何を言ってるのだか…………ちーちゃん、ここでひとつ考えて欲しい。
私の心はいつも湖面のように穏やかだ。他人を傷つける事とは無縁。何よりちーちゃんへの愛は極めてあたたかく優しいものだ。
ここらで一考…………するまでもないかな?」
抱き枕のちーちゃんの顔を覗き込むようにして、神谷博士は微笑みます。
『あぁもうっ! 本当に何言ってんだかわけわかんねぇなぁっ! いっつもいっつも会話として成り立ってねぇんだよオメェとは! っとに頭悪ぃ男だな!』
「君の一言一言がちーちゃんを引かせてることに気付かないのかね、まったく」
もちろん、どんなに聖司くんがわめこうと神谷博士は動じません。
『よし、千紘おまえおだてろ! なんかテキトーなこと言って甘えろ!! おまえの言うことなら聞いてくれるぞあいつ!』
「ふふふ。面白いくらい丸聞こえだねぇ。今度はちーちゃんを利用するとは」
『かっ、神谷博士………あのっ、お願いします…………』
「あらなぁに、ちーちゃん? もう一回言ってごらん?」
抱き枕の頭んとこをナデナデしながら神谷博士は問います。
『あのっ、聖司さんを元に戻してください、お願いします』
「可愛いねぇ、そんなにそこにいる男が好きかい?」
『っ、はい、好きです。僕は聖司さんが大好きです』
「あぁ~健気だねぇ、ちーちゃん。でも好きならそのままでもいいんじゃないのかな?」
『僕は平気だけどツライのは聖司さんだからです! お願いしますっっ! このままじゃっ、可哀そうっ、ふぇっ………』
「おやおや、泣き出したのかい? 可愛いねぇちーちゃんは。ほらほらもっと! もっと泣いて乞うてごらん?」
『や………、ひっく、お願いしま、すっっ………ふぇぇっ』
『ゴトンッ、』
『ごめん千紘やっぱりもういい! おまえの耳が腐るから!!』
「…………まったく、空気の読めない男だね君は」
『よしよしごめん、俺が悪かった』
『聖司さんっ、ぃっく、』
『おい神谷テメェ好きとか言っといて千紘を泣かせてんじゃねぇよ! 余裕ぶっこいてねぇで早くなんとかしろっつんだよ!』
ふぅ、と股に抱き枕を挟んだまま、神谷博士は起き上がります。
「あいにく、その薬は戯れに作ったものでね、持続性はないのだよ。
効果が続くのは約丸一日ちょい………発症したのが今なら、まぁ、翌日の今くらいには戻ると思えばいい、夜なら確実だ」
『マジでか? 嘘ついてねぇだろうな?』
「明日になればわかることだ。今夜はおとなしく寝た方が身のためだね。そして明日もおとなしく一人で過ごすといい」
『はぁ? それじゃせっかくの休みはどうなんだよ! 千紘とヤレねぇじゃねぇかよ!』
「あーあー、まったく下品だねぇ君は。ちーちゃん聞いてるかい? その男はちーちゃんにいやらしい事することばかり考えてるようだよ?」
『うっせぇ! それはオマエだろうが! もう切るぞ! 二度とこんなことすんなよ!!』
「さぁ、それはどうかね、ふふふははははは!」
ツー、ツー、ツー…………………ピッ。
「………市原くん、いつもながら君の功績には感謝するよ」
「それはありがたきお言葉です(棒読み)」
「即席で作った割には十分すぎる効果が出たようで満足だよ。…………ところで今の会話、録音の方は?」
「はい、完璧です」
「あの男の罵詈雑言は今後のためにも保存しておこう、何かに使えるかもしれん………」
そう呟きながらちーちゃん抱き枕を置き、次に羽毛枕を手にします。
「…………私は許せんのだ………あの男のせいでっ、我が天使の、私のちーちゃんがどんどんどんどん穢されてゆく…………あの男を野放しにすれば、間違いなくこの世は滅亡してしまうだろう」
羽毛枕を持つ両手がわなわなと震えています。
「これはこの世界の危機、由々しき問題であることは間違いない。だから今こそ、この私が立ち上がらなければならぬのだ!」
ビッ……………ビリリッ、
「これは革命だ! 女神を救うため私は英雄になるのだ!! あの悪魔をこの世界から抹消するのが私の使命!! これぞ神の啓示!」
バリリッッ!!!
そのまま真っ二つに引きちぎり、羽毛があたりに舞い散ります。
「…………ふぅ、少々興奮してしまった………無駄なストレスは心と体を消耗する最大の敵…………」
神谷博士は、改めてちーちゃん抱き枕を引き寄せ、強く抱きしめます。
「そうだ、市原くん。もう一つ頼みたいことがあるのだが」
「はい」
「先ほどの会話の内容から………ちーちゃんの『神谷博士』と『大好き』と『お願い』の言葉は別に切り取ってもらえるかな? あ、泣き声もね」
「はい」
抱き枕をナデナデしつつ、神谷博士はうっとりとします。
「それをスピーカーに吹き込んで、この抱き枕に仕込んで毎晩聞くことにしよう…………あぁ、これでしばらくは甘い夢が毎日見られそうだよ。
あぁちーちゃん、おねだりしてごらん? ほら、恥ずかしい格好してごらん?」
抱き枕をこねくり回し、神谷博士はまた一人の世界へ旅立ちます。
「さすが博士、新たな快眠法ですね、素晴らしいです」
市原くんは、遠い目で静かに答えるばかりでした。
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