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第ニ話 夜の真珠たち
「プラチナムデイト」はセクキャバといえば名はいいが、合法のちんパブである。
四十分七千円。セットの焼酎を飲みながら話し、十五分のサービスタイムは上半身の舐めもおさわりもオーケー。下半身も触っていいが、客の射精はNGだ。ちなみに男の嬢はゴム必須。
女性客は大型店にとられ、小さな箱のプラチナは客のほとんどが男だ。
ミナミの給与はレギュラーメンバーより安いが一時間四千円。同伴、延長、指名料千円、酒代は基本セットで無料だが別途注文はバック半分。
午後十九時から深夜二時までの営業で、週二の早番で働いている。
少ない勤務日数で、昼の仕事と同等の賃金が稼げてしまうので日向の医療費を賄う為には辞められない。
「おはよ! ミナミ! あれ? 元気ないね」
「桃 、おはよう」
店の扉を細めにひらくと、左手にある店長室から一つ年下の桃が真っ白い歯を見せて顔をだした。すでに店の衣装に着替えており、チャコール・ブラックのショートパンツに、上半身も同色のチョッキと蝶ネクタイをして可愛いピンク色の乳首をみせていた。
オメガの桃は首に黒のチョーカーを巻いており、優しく断れない性格のせいでいつもヒモのような男に騙されてしまう。
「ミナミ、今日も同伴なし?」
「そう、なし」
「店長、ミナミスタートから大丈夫だって」
「了解。ミナミ、早番からよろしくな~!」
桃の背後から雇われ店長の木下 が空気がぬけたような声をかける。アルファだが顔はにゃんちゅ〇に似て性格が良く、昼の仕事で遅刻しそうなときは、融通を利かせて取り計らってくれていた。
ミナミはハンドタイプの体温計を額に当て、熱がないことを確認して店内に入る。昨今流行ったウィルスの影響で、入店時は消毒と計測が欠かせない。おかげで体温が高い発情期前のオメガの出勤を防ぎ、未然に事を防げるようになった。
「あーあ、またベータのクズくんきたの?」
「匂いがないから分からないよね~」
「クロエの香水でもプレゼントしたら?」
入口奥の更衣室から、甲高い声が三人分どこからともなく聞こえた。この店一位の苺 、ナンバー二位の蜜柑 、ナンバー三位の林檎 だ。三人とも男だが、オメガ特有の華奢な体つきと美貌を振りまく。店はほぼこの三人で売上を担っているので、スタッフも頭が上がらない。
夜の街はほとんどが、オメガとアルファで埋め尽くされている。希少価値が高いオメガが稼いで、賢いアルファが牛耳る。ベータは影で黒子に徹するばかりだ。
美しいオメガが蝶のように羽を伸ばし、夜の繁華街を真珠のように煌めかせていた。
「ベータは匂いがないんだよ。大きなお世話だ」
ミナミはそう言いながら、二畳ほどの更衣室に足を踏み入れる。左手に背丈ほどの棚が並べられ、そこから殆ど布地がないコスチュームを取り出した。
「ふーん、匂い消しでも飲んでるかと思った。あ、僕たちはこれから同伴で、美味しいもの食べてきま~す!」
「ちっ、はやく行ってこいよ」
苺があっかんべーと下瞼を伸ばして去って行く。蜜柑、林檎があとに続いて扉が閉まると、しいんと静けさが鳴った。
「ふぅ、うるさい三人も同伴に消えたね」
「俺に太客いないからって、やめて欲しいわ」
「ミナミも良いお客さんはついているんだけどね……」
更衣室に入ってきた桃は、同情の眼差しをミナミに注いだ。ミナミの大半の客はベータかオメガだ。アルファである太客はほとんどオメガを選ぶ。
首筋から馨 る糖蜜のような匂いと儚げな美しさを持たないベータのミナミは、アルファの客から選ばれることはまずない。
ただ、ミナミだって需要はある。濃 やかな心遣いと優しさで、ベータやオメガの客から根強い人気があった。売上は雀の涙ほどで微々たるものだが、下支えのように売上の安定を補っている。
「別にアルファでもクソな客はいるからな」
「でもさ、素敵な人はいるよ? このユージとか格好良くない?」
「はぁ? ホスト?」
桃がさしだしてきたのは、ホストの雑誌。煌びやかな髪色のホスト達が艶然と微笑みが浮かんでみえた。
その真ん中に、大きく目立つ容姿が目を引いた。
銀髪に吸い込まれそうなアイスグリーンの眼。鼻梁はすっと伸びて、端正整った甘い顔立ちの男が読者へ冷然と視線を投げていた。
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