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第6話
結局のところ山鳩は解雇されなかった。しかし野州山辺 の次男に付きっきりで庭番をしていたはずの彼を屋敷の中で目にすることが多くなる。咲桜 はつまらなげに火子 の部屋で横になり、文机に向かう部屋の主を眺めていた。鮮やかな橙の着物の柄を追う。とにかく暇だった。
「びらびらの花、3輪!素数!訳分からん紐っこ、5本!素数!なんか小っこい花、23個!素数!」
「…なんなんですの」
「暇」
「表の猫と遊んできたらどうです」
咲桜は縁側に出て、縁の下から出てきた猫を膝に乗せた。天麩羅 色の猫は彼の胡座の中で喉を震わせる。日光浴をしながら毛を撫でた。退屈が紛れるのは指と掌だけだ。
「咲桜様」
山鳩の声がした。咲桜はじわじわと呑まれかけていた眠気を振り払う。
「咲桜」
訂正を要求すると山鳩は小声で「咲桜さん」と言い直した。隣を叩くと、彼も座った。膝が当たりそうで、咲桜は自ら膝をぶつける。山鳩は小さな湯呑みを持っていた。
「あ、お茶。水分補給、小まめにね!頑張りすぎはダメダメ~!」
「その件は、ご心配をおかけしました」
「元気ならいいんだけどさ、最近お外で見かけないから。若旦那に酷いことされてない?」
彼は顔を赤くして下を向いてしまう。
「すごく、優しくしていただいています」
「優しい?若旦那が?明日は雹 が降るんじゃない?」
「なんだか、人が変わったみたいでちょっとだけ……ちょっとだけ、怖いですけど、優しくしていただいているので嬉しいです。このお茶も、若様が飲むようにと、持たせてくれたんです」
彼は口元を緩ませ、頬を上げた。
「そりゃよかった。で、ここで山鳩クンと話せてもっとよかった」
発育途中の肩に猫のようにして頭を擦り付ける。真上で明朗に笑っているのが聞こえた。
「おでも、咲桜さ…………ん、と話せてよかった」
軽快に笑みを交わし、抱擁する。他意はなかった。胡座の上の猫にもできる類のものだった。
「でも、あの、さっきお水をいただいちゃって、飲み切れそうになくて。でも、まだ口は付けてないし、若様の淹れてくださったものだから、その…」
「ああ、じゃあオレが飲んじゃう」
ひょいと湯呑みを手繰って飲んだ。喉に纏わりつくような甘味がある。葛湯を飲んだのかと思ったほどだ。それでいて甘味は青臭さを上手いこと消した薬草にも似ていた。
「味は、まぁ、独特だわな。甘味が効いてて美味しかったですって言っとけ」
湯呑みを山鳩に返す。彼は小首を傾げた。雪の儚さや空を舞う小鳥とは違う、健康的な可憐さに咲桜はへらへらと笑った。
「翠鳥 」
そこに、きんつば焼きに黒蜜をかけ、その上から黒糖をまぶしたような後を引く甘い声が降る。次男坊の声質が最も活かされるような調子で使われている。
「みどり?」
先に反応したのは咲桜だった。山鳩の身体が強張る。
「おでの、名前です……」
彼は顔を真っ赤にしながら抱擁を解いた。すぐ近くまで野州山辺の次男が来ている。
「え?」
「翠鳥、おいで。部屋に戻るぞ」
顔面が凍りついているのは変わらなかったが、咲桜からしても声音が違うのが分かった。
「山鳩クン、じゃあね」
手を出した。そこに少し小ささのある少年の掌は当てられた。肉感がある。体温が高い。山鳩は青藍 のもとに行ってしまった。下人に触るなと言った張本人が、今では彼の傷み気味の髪を撫でている。それでいて長く濃い睫毛の奥は縁側で寛ぐ咲桜を見ていた。しかし色の抜けがちな毛の中に埋まる節くれだった指は優しげに見えた。咲桜も手慰みに猫を撫でた。掠れた鳴き声が上がる。胡座を崩し、横になった。陽射しは強いが茹だるほどの暑さはなかった。猫も山の下で見るように日陰で乾涸びて伸びきったりはせず、咲桜の近くで寝に入る。
「廊下で寝ないでくださる?通行の邪魔です」
うつらうつらと拳の上で船を漕いだが、頬に急激な冷たさを感じて飛び上がる。猫も離れたところまですっ飛んでいった。
「なにっ」
「飲んでくださいな」
彼女は透き通ったガラスの湯呑に、これまた透明感のある茶を手にしていた。先程のものとは色味が違う。
「今日そんな暑くないし、さっき飲んだ」
「叔父兄様からのお土産ですわ。2杯でも3杯でもお飲みなさい。それですぐにお礼を言いにいってください」
「ふぅーん、土産なら飲んどくか~」
美しい色をした茶を味わうこともなく一気に呷る。多少の苦味は分かったが喉が潤うだけだった。そして後味に、この茶を土産にしたとかいう男の声質と同じように粘こい甘さが伴った。
「なぁに、あの人、紫津岡 に茶でも摘みに行ったの?」
1日山鳩を見ない日があった。訊ねると、次男坊と出掛けたらしかった。内向的で出不精、引きこもり気味な青藍のこの外出は屋敷内を驚かせていたようだった。
「緑重 県とお聞きしましたけれど」
「そうかぃ。緑重のお茶ってこんな甘かったかな。水が違うのかね、やっぱ。ここの水が?」
「叔父兄様が直々に淹れてくださいましたのよ。お口に合わなくても、よろしく言っておいてくださいな。よろしく、ですわ。とんでもなくお口に合わないわけではないのでしょう?」
盆を抱いて彼女は言った。鮮やかな着物が日の光を浴びて眩しい感じにさせる。質の良い栗色の髪も微かに虹色を持って輝いている。
「あんまりよろしく言い過ぎて、また買って来られたら困るでしょうが。建前と世辞で困るのは君等よ、君等」
「あたくしたちは困りませんわ。だってあなたに買ってきたんですもの」
「なんで」
「知りません。お客様用の高級茶なんじゃありませんか」
細く白い手が湯呑を回収した。そしてまた長い廊下に消えてしまった。咲桜はその背中を意味もなく見つめ、脳裏では野州山辺家の次男との出会いから今までを振り返っていた。先程の目付きの悪い視線を勘繰る。あの男は素直ではない。天邪鬼なのだ。納得した。咲桜は情けない、冴えず泥臭い笑みを浮かべた。上機嫌に舌を鳴らして様子を窺っている猫を呼ぶ。彼の身に異変が起きるのは、そう時間を置いてからではなかった。脈が飛び、息が上がる。指先は冷たいくせ汗ばんでいた。咲桜は自身の身体の変化に気付きはしたが、横になればすぐに治ると信じきっていた。金春村は涼しいが、庭番も飲まず食わずで1日働けば暑気中 りを起こすような、季節は夏だ。額や首筋、掌、足の裏に汗が滲むのはおかしなことではなかった。例年とは違う過ごし方に体内の日読み表が狂ったのだと高を括る。痛みや苦しみもなかった。脈が飛んだのは治まった。発汗というほどではない汗の滲みは止まらない。一定の方向から炙られる暑さとは違う熱が体内で起こっている。咲桜は水を貰いに行くつもりで立ち上がった。真っ直ぐに歩けない。膝に力が入らなかった。頬が火照っている。脚の間が命の危機とでも誤解したのか首を擡 げはじめている。壁伝いに一歩一歩踏みしめた。使用人はなかなか近くを通らない。一気に呷り、味わいもしなかった、土産の茶が惜しくなる。段々と身体の中心が主張を強め、歩行を妨害するまでになった。腹を抱くようにしながら厨房に向かいつつ、使用人を探した。だが見当たらない。火子も通らなかった。何ごとにも意識を留められず、注意力も散漫になる。2つ目の十字路で誰かとぶつかった。反発のある肉感。目に入ったのは胸元だった。背の高さと肉付きからいうと巴炎 だ。厚い胸板が強烈な印象を咲桜に与えた。脳裏で明滅している。左右に割れた胸部は女性の乳房と違い平坦だが、女性よりも屈強な胸囲と縦一本の溝を誇っていた。巴炎の顔を見るよりも早く、頑丈そうな手が額に添えられた。痺れに似た、悪寒とも違う感覚が触れたところから波紋のように広がった。
「顔が赤い。いかがされた」
「あるぇ、旦那……」
ぽてりとした唇が濃蜜を貯め込んだ果実のように見えた。触れたときの弾力を確かめたくなってしまう。太さのある首も、野兎を捕らえた狐を見た時の仄暗い羨望を蘇らせた。
「熱がおありか」
冷たさのある手が咲桜の頬や首筋を確かめる。彼の手はもう少し温かかったと覚えている。
「喉、渇いちゃって。水、飲みたいんれす、けど……なんか、」
愛想笑いで躱す気でいた。屋敷の主の脇を擦り抜けるつもりが、膝に力が入らず均衡を崩してしまう。
「あまり調子がよろしくないようだ。私が水を持ってこよう。ここで待っていていただきたい」
再び厚い胸板に抱き留められる。巴炎の声は普段から悪くなかったが、意識してしまうほどの麗声に聞こえた。
「旦那ぁ……」
息が熱い。喉が渇いた。意識はあるが靄がかかり頭が働かない。悪寒とも微かな痺れともいえない鳥肌に似た全身の違和感も止まらなかった。股の間はすでに布を押し上げている。
「陸前高田くん、君はどこか、そうだ、そこの部屋が空いているだろう。ここで休んでいてくれ」
背中に巴炎の手が回され、咲桜は接触したところから下腹部に向け、得体の知れないものが流れていくのを感じた。しかし曖昧で、覚束ない。確かな痛苦ではなかった。一瞬のものだった。それでいてくすぐったさに似ていて、圧倒的に不愉快なものとも違っていた。むしろ不快なものなのか確かめたくなる、癖にさせる、そういう危うさのあるものだった。
一歩一歩を巴炎は待った。咲桜が壁を借りた部屋で、中にはこれという家具はなく、空き部屋らしかった。箪笥や棚だけ置かれている。使用人の部屋だったのだろう。藺草の匂いが閉じ込められていた。畳の上に横になる。呼吸が乱れた。下半身が張り詰めている。巴炎はすでに水を取りに行っていた。厠 に行ける状態でもなく、かといってここで処理するわけにはいかない。思考がぼやけても、意識はしっかり持っていた。何よりも処理するだけの余裕がなかった。身体は制御を失っている。畳の目に爪を挟んだ。がりがりと音を立てる。何をしなくても、腿の真上の下半身が疼く。硬く大きくなっている。ほんの刹那、火子が浮かんだ。彼はぶるぶると頭を振る。次に、脂肪ではなく筋肉によって豊満な胸を思い浮かべた。太い首と、高く浮き出た鎖骨、その間の窪みと、左右を割る一筋の溝。躊躇と欲望で板挟みの利き手は、ゆっくりと肉体の中心に近付いては止まった。どこからともなく聞こえる荒々しい息遣いは、咲桜が思い切って一度呼吸を止めると聞こえなくなった。
少し開いていた襖が大きく開く。意識の飛びそうで、しかし意識の飛びそうなほど明確な痛苦も眠気もない境界で咲桜はやってきた者へ首を転がした。歯茎からすべて歯が抜けたような虚無がある。熱い吐息が口を開かせ舌を乾かすが、次々に生唾が出てくる。肌理 細かく張りのある、硬そうで平坦な胸ばかりを想像して、下腹部を苛む。体外に突出した臓器はその薄い皮膚が避けてもおかしくないほど膨張している。張り巡らされている血管が脈動している。
「咲桜さん。ここにいらっしゃったんですか」
咲桜は火照る身体の中で理性だけが他人事のように冷えていくのを感じた。山鳩だった。彼の声を聞いた途端に色は白いが豊満で頑強げな胸元の描像が拭われてしまう。無邪気な少年が飢えの病に罹った野獣に近付いた。危険性などまるで考えていない。咲桜はやっと笑うことができた。汗で光る片頬を吊り上げ、両腕を強く抱いた。実際には1本も失っていない歯の奥を噛み締める。
「へへ、山鳩クン。かわいいカオしてどうしたの」
「若様がお呼びでしたので、お迎えに上がりました」
屈託のない、穏やかな、何ひとつ曇りのない顔に覗き込まれる。艶めいたものも色気もない。咲桜は苦笑を続けた。指先が布越しに自分の肉に減り込んだ。歯茎が圧迫される。気を抜けば何をするのか分からない。その不安定さだけは分かった。
「汗ばんでますね。お熱がありますか?」
前まであった爪や指に油汚れのすっかり消えた手が額に伸びる。触られることを想像しただけに悶え、身を捩って避ける。
「若様が~?オレを?なんで。ああ、土産をくだすったことかな?後からお礼に行くよ。ちょっと今は~、そうだよ!旦那待ってんの。ここで、旦那と、語らうのさ。美男子 と美丈夫 の語らいってやつよ」
喋るだけで熱さが増していく。目の前の少年に飛び掛かりそうになった。彼の声から嬌声を想像し、首や表情から痴態を思い描いてしまう。
「しかし、火急の用事があると聞きました」
「若様が、オレに?」
「はい」
山鳩に向かって伸びかけている腕をもう片方の腕が止めた。
「ないだろ」
「ご都合が悪いようならそうお伝えしておきます。でもその前に、汗が、」
彼は自分の手巾を出そうとした。しかし躊躇って袖を伸ばし、掌底を包むと咲桜の額を拭いた。
「ごめんなさい、手拭いが汚れてました。袖で失礼して…」
「いいのよ、いいのよ、大丈夫」
布越しの肉感に眩暈がする。彼のあどけない声に息が詰まる。若い肌に喉が渇きが止まらない。真っ白く照る目に唾を呑む。元気な色の花弁と見紛う唇に腹が減る。帯を突き破らんばかりの弱いところが猛烈に窮屈を訴えている。喉が鳴った。
「山鳩…」
額の汗を軽く叩くように拭く腕を引いていた。元庭番のまだ育ちきっていない身体を畳に横倒す。畳と後頭部に挟んだ手を抜き、訳の分かっていなそうな目と目をぶつけた。
「あの……」
再び襖が開いた。何の合図もない。巴炎以外にいない。それかその弟だ。
「陸前高田くん、水を…」
山鳩は咲桜の下から這い出て、大主人の手から水を受け取ると、熱病患者とは言い切れない客人にそれを渡した。今度は一気に呷ったりせず、ゆっくり少しずつ喉を潤す。器官のどこを通っているのか冷たさが輪郭を持って下降していった。巴炎は傍で険しい顔をしていた。
「横になっていたほうがいい」
「あ~、若旦那がオレに用あるらしくて。ちょっと、いってきますよ。風邪っぽくはないんで、多分疲れですね。なんせ、山奥でのんべんだらりの生活ですからね。人間はまったく、ぐうたらするのにも疲れるんだから難儀なものですよ」
息切れが止まらない。熱さを通り越し、寒気になっている。笑みを繕うと、巴炎の眉が困り気味に下がった。
「しかし……そのお身体では。私から話をつけておこうか」
「いやいや、大丈夫ですよ旦那。行けます。ちょっと顔出して、ぱぱっと戻ってきたら、すぐ、寝ますんで」
伸ばされかけた肉厚な手を、馴れ馴れしく握って彼に返す。心配げな眼差しがそこにある。意識しなければ胸板ばかりを想像してしまう。人の肌を。目、耳朶、首、胸元、すべてが蜜汁滴る甘美な果物と重なって仕方がない。腹の奥が焦れている。
「じゃ、山鳩クン、案内してくれるかな」
咲桜は山鳩を振り返る。共に居たくはなかった。手探りで少年の肩を掴む。骨格と肉の弾力を意識してしまう。
「……くれぐれも無理はなさるな。くれぐれも」
「ありがとうございやす、旦那」
屋敷の主は長いこと見送っていた。山鳩の後を追うように前屈みになりながら、病人には広過ぎる住まいを歩いた。山鳩は気遣わしげに歩幅を合わせる。咲桜は今すぐにでも壁に彼を押し潰しかねない、暴力的な衝動に駆られていた。汗で白ずむ顔に笑みを貼り、壁と自身の肩に爪を立てる。通常の倍近くかけ苦労の果てに辿り着いた次男の部屋には誰もいなかった。ただ布団が一式、部屋の真ん中に敷いてある。
「神経質そうに見えて万年床なんですな」
山鳩は部屋を見渡してから、焦った様子を見せる。
「ごめんなさい、すぐに若様を見つけてきますので」
いつもならば、「一緒に待っていようよ」などと言ってくだらない話や身にならない、不毛な、取り留めのない、つまらない話をしたのだろう。しかし今は、2人きりでいられない。
「頼まい」
「はいっ!」
健やかで爽やかな声だった。走り去っていく姿のどこにも淫靡さなどない。だがその音色を歪め、猥雑に作り替えてしまう。性に淡白というほどではなかったが、貪欲でもなかった。好い女がいれば口説いて、潔く折れるか、褥 を共にするかだった。今は、年長者の男の発達した胸筋や活気のある快男児に劣情を催している。朝餉に精力の付くものを食った覚えはなく、また食品から得られるような精力とも異なっていた。これはまるで毒のような顕われ方だ。胸に手を当て、呼吸を整える。汗は引かない。下腹部は刺激と快感と放出を求めている。巴炎も山鳩も気付いているだろう。同性だ。特に恥じらうこともなかった。火子に会わなかったことだけが唯一の救いだった。父親に娘を狙っている肉食動物などと誤解されたら堪らない。早急に話を終わらせ、厠に飛び込む。計画を綿密に立てた。野州山辺の次男と長話をするとは想像もできない。悶々としていると時間を意識するだけの余裕もなかった。もどかしくぼやけた掻痒 感に苛まれ、深い肉欲と鬩ぎ合う理性に嬲られる。山鳩が戻ってきたことも気付かなかった。青藍は一緒ではない。
「いなかった?」
笑顔を作りながら手汗を膝で拭いた。山鳩は浅く唇を食んで頷いた。目を合わせない。そして彼は掛布団を翻し、天井に晒される裏側に座った。衣服が白い寝巻き浴衣に替わっている。
「その、お伽を……します」
「えっ」
手が、枕へ促した。咲桜は聞き間違いか、自身の解釈を疑った。真っ赤な顔をして俯いた山鳩はもう一度ぼそぼそと同じ内容を繰り返す。
「大変、窮屈そうでしたので……若様の客人をもてなすのも、ワタクシめの仕事 ですから………」
「いやいやいやいやいや、ちょっと待って。ちょっと、待って」
「若様が、そうするようにとおっしゃっていました。お願いします、咲桜様。ワタクシを、抱いてください」
山鳩は布団に額を埋めた。彼は頭を上げて、咲桜の真横についた。肩に他人の体温が触れている。頼りなく撓垂 れかかられ、傷んだ毛先が肩口で軋む。
「あの、好みじゃなくて、ごめんなさい。目隠し、しますか?」
「え、え、え、え、あ~、山鳩クン?あのね、オレ、結構、限界なのよ」
手は欲望に正直に、少年の肩を抱き寄せようとしている。
「オレは女の子は抱いたことあるけど、男の子は抱いたことないんだよな。山鳩クンは、あるの……?オレは女の子は初めてじゃないけど、男は初めてだし、お互い初めてっていうのは、マズいよ……」
息は荒い。断ろうとするも女との行為を馳せてしまうと昂った。
「若様とだけ、あります。おでがすべてやりますから、咲桜様は楽にしていてください」
山鳩は咲桜の股座に背を丸めた。布の上から触られる。腰が動いた。
「山鳩クン……」
「おでが、全部やりますから……」
衣服を脱がされる。健気な唇は頻りに咲桜の首や胸元や腕に触れた。やはり目は合わなかった。一度目は彼の手淫によって解放される。高められ、散々焦らされた絶頂は呆気なかった。気を失いそうな快感がありながらまだ治まらない。むしろ、平静を装い取り繕おうとしていた咲桜を淫欲の虜囚にしてしまった。友人として話した口が性器を咥えることに躊躇いもなくなっている。必死に舌を這わせ、口を窄めて頭を動かす少年の髪を一筋一筋毛先まで撫でいった。
「ンッぐ、」
いきなり喉奥まで迎え、彼は嘔吐 いた。
「無理しないで」
涙ぐんだ目が許しを乞うように咲桜を見上げる。髪を撫でて応えた。最初に思ったような拒否感がなくなっている。。むしろのめり込んでいる。ぎこちない相手を愛でるのが愉しくなっていた。
「咲桜様……」
「今度はオレが触るよ。噛んじゃいそうで怖いから、口でするのはごめんね」
「おでは、だいじょぶ……」
「いいから。こっちおいで。後ろからしてあげる」
山鳩を後ろから抱え、脚の間に手を差し込む。自身のものを見慣れていると、少し小さな気がした。しかし街を見渡しても男女問わず背丈や体格、女の胸の大きさはそれぞれだ。茎やその陰李の大きさもまたそれぞれなのだろう。
「咲桜様…」
彼が固唾を飲むのが聞こえた。
「お仕事でこういうことされるのダメなんだ、オレ。気持ち良くなかったら言って。今日は童貞の気分だから」
少し皮を被った性器を徐々に速くしながら扱いた。赤みの強い李 が見え隠れする。
「さ、く……ら、さ……っ」
少年の身体は緊張し、踵は落ち着きなく敷布団を蹴るため、替え敷妙が縒 れてしまう。咲桜の手筒が往復するたび腰が浅く浮き沈みする。女と寝たのでは味わえない、共感による幻覚的な官能があった。
「ちょっと強い?」
返答があるものと思われた。少年の目は潤みきり、そして蕩けていた。
「咲桜様……」
彼は掠れた声を漏らすと咲桜の腕から抜け、振り向いた。少年の好きなようにさせる。彼は咲桜を押し倒し、その上に跨った。
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