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第7話

 失礼します、と声を震わせ山鳩は咲桜(さくら)の腰に片手を置いた。もう片方の手は硬く天を向く肉柱を支え、彼は長く細い息を吐きながら身体を落とす。 「あ……ぁあ…」  少年は天井を仰ぎ、咲桜に無防備な喉を晒した。輪状の筋肉がゆっくり収まっていく。 「そんなとこ、入るんだ………」 「は……ァっ、ごめん、なさ………準備が、ちゃんと………、きつい、ですか………?」  瀞んだ瞳を捉えてしまうと、狭さを実感した。小さな悲鳴が耳に届く。 「山鳩クンは苦しくないの」 「大丈夫で……す、ンんっ、ぁ……」  虚ろになりながら彼のそこは半分まで楔を呑む。 「手、繋ご」  腰を掴むのは、道具扱いのようで嫌だった。体温の中で両手とその指まで締め上げて欲しくなる。女とする時も咲桜は手を繋ぐことを求めた。 「さ、くら………さま、気持ち………いい、ですか……はァ……ぅ、ぐ……」 「一旦抜かない?もうちょっと慣らそう」 「大丈夫、大丈夫で、す。それとも、きつかった……です、かぁっ」  明らかに山鳩は苦しがっていた。惚れた男に無理をする生娘のような健気さと無謀さがある。少し沈んでは休み、少し沈んでは休む。咲桜は思い切り突き上げたい衝動を堪えるも多少腰を揺らしてしまいながら山鳩の奥まで飲まれるのを待った。腿を摩っていた片手も繋いだ。両手から共に寝る相手の体温を感じる。病熱とは違う熱に浮かされ水膜を張った目が見下ろしていることに気付くと結合部が疼いた。 「さく、らさ…まぁ………」  含ませた肉釘を膨張させたことを非難する色があった。しかし可愛らしいその悲鳴はむしろ彼をさらに困らせるだけだ。質量を増した腹の中のものに悶え少年の指が咲桜の手の甲を揉む。いじらしさに腰が動く。挿入部がどちらからともなく蠢き、山鳩の身体が沈む。 「ぁあ……う…」 「山鳩クン、可愛い。オレ、このまま気をやりそうだよ」  焦らされた身体は我慢の限界にまで達し、様子を見ながら腰を引き侵入を試みる。 「大きかったんでしょ、オレの。慣らしてあげる。っていうか慣らさせて。触りたい」  両手の力を放すが、山鳩の手はしがみついたままだった。淫火を(とも)した咲桜の顔が悪戯心を帯びて笑む。 「………あの、あぁ……」  少年の顔が蕩ける。色気のなかった彼は嗜虐心と庇護欲を同時に煽り、無自覚のうちに自分を抱く者を手玉を取っているような艶を漂わせた。健やかで快活とした彼の意識の真裏には妖しい色があったのだ。咲桜は踊らされた。指先から性感帯に塗り替えられ、少年の柔らかく泥濘(ぬかる)んだ口の中から潤滑蜜を掬い、弱く腫れた桃花の蕾を撫でた。妖花に育とうと収縮するたびに勢いを失わない屹立が戦慄いた。期待の涙を流している。指で広げ、そうしているうちに舐めてみたくなった。迸らない程度に自慰をしながら小さな窄まりを舌技で愛でる。舌先に感じる幾重にもなった花弁の円く細かな凹凸が楽しい。何度か舌を尖らせ蕊奥を突いた。焦らして、思い切り入れて、引き抜く。 「あ……あっあッ……」 「気持ちいい?」  少年の身体は芯をなくし、布団の上に投げ出された腕は凍える子猫のようだった。腰を微かに揺らしながら彼は何か答えようにも掠れた音だけがその喉から漏れている。まだ周りを舐め続けたり、平たく硬い尻に接吻していたが、触れるのをやめないと彼はまともに喋れないようだった。 「おでだけ………気持ちいいの、は……」 「いいよ、大丈夫。気持ちよくなってもらうとオレも気持ちいいから」 「ですが、それだと、若様に………」 「そんなの分かんないよ、若サマは。ここに居ないんだから。若旦那とだと仕事でしょ。オレには色小姓しなくていいから。友達なんだし、ちょっと変だけど、その延長でお互い気持ち良くなりたい」  咲桜は(そそ)り立つ股のものを恥じることもなく脇に正座した。山鳩は彼を肩越しに振り返る。 「もう少しだけ、慣らします。ごめんなさい」 「いいよ」  少年は部屋の中の箪笥から円形の入れ物を手に取って咲桜のほうにやってくる。傷用の軟膏か保湿油であることが窺えた。 「どした?オレがやる?」  長い外仕事で傷んだ髪が横に揺れ、羞恥心のない横暴な太い一根へ滑っていく。咲桜は制するように耳元に指を回す。 「慣らしている間、舐めさせていただきます」 「じゃあ、ギュッてしててもいい?」  山鳩はきょとんとしていた。咲桜は膝立ちになると就寝中布団を抱き締めるように彼の上半身を預かった。 「咲桜様」 「ごめんね、なんか体温調節できなくなっててさ、暑いんだけど寒いんだ」  湿(しと)った素肌と素肌が弱い弾力を持って重なった。少年の鼓動のほうが少し早い。 「もうちょっと体重かけたら。力抜かないと、慣らせないでしょ」  女を相手にしている時はそうだった。女にもある器官だが、女が相手なら咲桜にそこを使う趣味はなかった。 「なんだか、恥ずかしいです……」 「今更だって。でもオレはちょっと楽しんでるよ」  細いながらも筋肉はしっかりとついている片腕が咲桜の背中を掴んだ。もう片方の手は双丘の渓谷に落ちていった。腕の中の少年の吐息を聞き、身動きを感じる。曲げられた肘が伸びたり縮んだりした。 「あの……咲桜様」 「何?」  勃起は彼を道具のように犯せと唆す。しかし少年の可憐さやそこからくる庇護欲、咲桜自身が持つ損をするほどの一種軟派な気障(きざ)な性質がそれを許さなかった。 「ちょっとだけ、怖いです」 「オレが?」  胸元を乾いた毛先が横に向かって掃く。 「分かんないですけど、ちょっと、何かが、怖くて……」 「若旦那のこと?」  また彼は否定した。そして尻から腕を離す。 「山鳩クン。あっち向いててくれたらオレ自分でやるよ。何回やることになるかはちょっと分かんないけど」 「変なこと言って、ごめんなさい」 「謝らないで。言ってくれて嬉しかった」 「ちゃんと………やります。咲桜様はどんな体勢が楽ですか」 「負担大きいのは君のほうだよ、山鳩クン。だから山鳩クンが決めて」  山鳩は布団の上で正座したまま固まってしまった。それがまた可愛らしくて咲桜は汗の滲む顔を綻ばせた。苦々しい初体験を思い出す。 「なんて、相手任せにするの卑怯か。もう一回だけさ、確認するけど、いいの?ホントに。オレに、抱かれちゃって」 「………お願いします」  蚊の鳴くような声だったが周りは静かだった。いつもなら見計らったような時機にやってくる家人の気配もない。使用人の足音すらなかった。咲桜は怯えさせないようにゆっくり動いた。少年の腕を取り、背を支えながら布団に倒す。枕を頭の下に引いた。彼は意外にも、目を逸らすことなく、純朴な眼差しで咲桜を仰いでいた。身を挺してでも守らなければならないと思いながら、自分の手垢で汚し、自分の技量で乱したくなる矛盾した願望に囚われる。そういう魅力がこの少年にはある。無造作に置かれた手を握る。冷たくなって乾いていた。指を絡め体温を渡す。彼は咲桜と視線を合わせたまま水膜の張った目を眇めた。 「いただきます」 「お召し上がり………くださいまし…」  そこからはほぼ遠慮がなかった。挿入は難なく済み、絡み付く山鳩の内部に腰は止まらなかった。身体を重ね、額を合わせ、強く手を握り合う。体温を共有したところは火傷したように熱が響いていた。下から聞こえる高く弾んだ声を頼りに咲桜は瑞々しい肉体を貪った。腰を突くたび柔肉が波を起こす。十二分に潤んだ瞳の中で自分が溶けていくのを眺めながら、2人で揺れた。汗を散らす。寝泊まりしている部屋の壁より数段淡い色の口から子猫に似た声が出ている。胸元や肩口に苛烈な寂しさが訪れ、少年を強く抱いた。それでもまだ足りず、枕と髪の狭間に手を差し入れ、下半身は彼の中に入っておきながら、上半身は彼を迎え入れようとしていた。 「っぁ、さく……らさ……ァっ!」  山鳩は爪を立てまいと指を立てては咲桜の背中を撫で、また爪を立てかけ、指先で押しては掌で擽られる。背はすでに汗で多分な水気を帯びていた。抽送運動は激しく、深く奥に埋まった先端から脳天まで快感が突き抜けていく。久々の交合に鈍っていた腰は動き方も律動もすべてを覚えていた。むしろ肌を沈めている相手に教え導かれている。 「さ……ッら、さ…………おで、もぅ…!」  切羽詰まった甘やかな訴えによってさらに咲桜は尻を叩かれた。駿馬の如く、山鳩を穿つ。抱き留める力は強く、肌と肌の間はよく蒸れていた。どこから漂っているのか分からない獣欲を煽る匂いが鼻先に纏わりついている。 「あっ………ああ…!」  一度大きく波打った年下の雄の躯体が逃げ出さないよう抱き締め直した。小刻みな痙攣がはじまる。退こうとする結合部へさらに腰を進めた。熱く柔らかな隘路(あいろ)に引き絞られ、咲桜も駆け昇ってしまう。意識を現世(うつせ)幽世(かくりよ)の狭間にやってしまった情児の中を往復し、涙を溜めた瞳を至近距離で捕まえた。広がるようだった快感が腹から外へ突き抜けるように爆ぜた。ひとつになっている箇所が受け止めるたびに揉み返した。誰が彼の名を呼んだのかも分からなかった。体熱に燻され掠れた声は持主にすら忘れられる。しかし腕の中で震え甘やかに悲鳴するの名を呼ぶのは自身しかいない。咲桜は心地の良い混乱の中で溺れた。  淫熱はまだ治まりそうになかったが汗の引きを感じるまで重なっていた。幽世と現世の境界にある朧げな浄土から戻ってきつつある咲桜は、雄の大欲を一身に受けた年少者を愛撫し緩やかな時間を過ごす。おそらくこの少年はもう房事には付き合えない。悩ましげに眉を寄せ、短い睫毛が下瞼で(たわ)む。 「ごめ……なさい。おで、先に…」  徐ろに開いた目の奥は蕩けて虚ろな感じがあった。 「すごく気持ち良かった。ありがとうね」 「お、おでも………その、気持ち、よかったです、」 「そりゃよかった。今抜くから」  脚が咲桜に腰に回った。迸り直後の過敏さが落ち着き、物足りなさが現れてくる頃合いで思わず少年の中を抉ってしまう。 「ちょ………っと、山鳩クン…?」 「まだ、固いですから……」  咲桜は片手で顔を隠す。重なったところの感覚を素直に伝えられて気恥ずかしくなった。さらには清純な見た目のこの少年が、繋がっているところで硬さを感じ取っている扇情的な一面に興奮した。 「でも山鳩クン、疲れたんじゃない?ちょろっと(かわや)いってサクッと抜いてくるよ。男鰥(おとこやもめ)の絶技をナメなさんな」  まだ交合状態にあるにもかかわらず、山鳩から色気が失せ、通常の素朴さが戻る。きょとんとした目が咲桜を見つめた。 「ああ、男鰥は、言葉の綾!」  しかし少年は咲桜を放さなかった。山間部で目にする猿の親子の如くしがみついている。 「おでが上に乗りますから、咲桜様は、寝ててください」  珍しく少年は力尽くで、咲桜も様子の変わった彼に従った。健やかな雰囲気に呑まれかけ、病気に似た突発的すぎる発情がほんのわずか引いていたが、身体を離した途端に白く粘こい液体が少年の内腿を滴り落ちるのが見えると再熱した。子種を注いでしまった。幽世を渡りかけたときの錯覚ではない。(おぞ)ましさすら感じるほど官能的な光景に呆けているうちに咲桜は寝かされ、その上に山鳩が跨がる。先程中断した体位が今度はすんなりと進んだ。癖で腕を開いた。胸元に少年が倒れ込む。ひどく甘たるい時間だった。彼が鳴き、咲桜が強く抱き締める。愛で、突き上げ、撫で摩る。会話の余裕はなかった。上下に跳ねる髪を梳き、仰け反る胸に口付ける。どちらか先に気をやるのか競争し、深く繋がり、腰下では強く抱かれもした。隙を突いた一打に勝利を見たが、同時にかち合った濃艶な眼差しに咲桜も放精してしまう。目が合うと、弱い。彼との情交に限ったことかも知れなかった。他に例はない。  過度な運動は長く続いた。他に家人がいることなど忘れて肉を貪る。しかし肉だけでは足らなかった。やはり目交(めま)ぜで果てた。肉体では抱いているようで内心では抱かれている。咲桜に自覚はあったが。しかし少年は咲桜を肉体ではないところで抱いている意識はないようだった。快感をやり過ごせず艶麗な陰を宿した顔で乱れる。2人で同じ方向を向き、そう広くない背と腹を合わせ、両手まで蛙の抱接のように重なった。膝をぶつけ合う。爪先を絡めた。猫の交尾をして、山鳩は枕に転がった。その段になって咲桜も満足する。腿や腰の筋肉に張る感じがあった。替え敷妙に濁った粘液と変質した種汁が零れた。卑猥だった。純朴な少年をそのままにしておけない。脱ぎ捨てた服を彼に掛け、上半身は晒したまま咲桜は部屋を出た。次男坊の部屋から離れると対面からきょろきょろとしている火子(あかね)の姿があった。半裸の咲桜に顔を覆った。 「まぁ!はしたない。そんな姿でうろつかないでくださる?」 「服を取りに行く服がないんだよ、お嬢ちゃん。分かる?服を取りに行く、服がないの。それよりなんか拭くものない?汗か-」  話している途中で火子は丸く大きな目を瞠った。不審な音に瞳孔を丸くする猫を彷彿とさせる。彼女は咲桜に飛び掛かり、近くの曲がり角に引っ張り込まれる。壁に押し付けられ、急接近する。 「だっからオレ汗かいて汚いんだって!」 「静かに!」  彼女は声を殺しながら叫んだ。まだ何か言おうとする彼の口を冷たくしなやかな掌が塞ぐ。するとつい今しがた火子のいた通路を人の気配が通った。火子は咲桜を睨み付けているようで、何か考え事をしている。人陰が近付く。使用人か村人かとにかく咲桜は知らない何者かがその人陰を呼び止め、正体が野州山辺(やしゅうやまべ)の次男と知れた。火子に引っ掻くように連れられて近くの部屋に入った。少女の力は強く、中段の外された押し入れに放られ、続いて彼女もまだ安定していない咲桜に潰しながら押し入れに入った。戸が閉まる。この屋敷は中段の外された押し入れが多かった。長らく使わない布団をしまうための部屋が他にあるらしい。  戸棚の隙間を覗く火子の上から咲桜も首を伸ばす。次男坊は青と紺、灰の継ぎ接ぎのような着流しで、黒と鼠色の帯を絞めていた。彼は町の触書に描かれる素破(すっぱ)に酷似した服装の者と話していた。口覆を顎に寄せ、顔を晒している。片膝をつく様は一目瞭然の上下関係を示していた。常時女を抱いてでもいるかのような甘い声が「呼んでこい」と言い、「叩き起こせ」と付け加えたのだけは聞こえた。彼はそこからさらに部屋の真ん中に向かって移動する。咲桜は火子がいたことも忘れて畳に胡座をかく青藍を観察していた。ほどなくして抱き潰されたばかりの山鳩がやってきた。一言二言、会話があった。おそらく素破らしき者もいるのだろう。しかし押し入れからは見えなかった。青藍は自身の膝を叩いた。近付いてくる山鳩はただ一枚、衣を纏っていた。円やかな曲線はないが素足を出しているのがどこか悩殺的だった。その脚は次男へ近付くことを躊躇っている。 「いい。座れ」  意図に関係なく甘い響きを持ってしまう質の声で次男は言った。節くれだった手が少年の迷っている腕を取り、容赦なく下方に引き寄せる。 「若様、汚してしまいます」 「構わない」  均衡を崩した少年を青みのある着流しが受け止め、膝の上に納めてしまった。そして両膝裏に手を入れ開かせる。押し入れからはそれがよく見えた。咲桜は火子の目を両側から塞いだ。彼女が身動ぐ。 「いやらしいな。肉壺扱いされて」  濁りと粘度の失せた液体が山鳩の尻から滴った。暗い色の着流しを汚していく。 「若様……恥ずかしい………」 「そうだ、恥かしいことだ、翠鳥(みどり)。あんなに乱れて…」  背は高いが華奢な印象のあった次男は軽々と片腕で山鳩を両膝から持ち上げる。関節が強調された長い指が白ずむ液体を垂らす桃花の蕾に伸ばされた。 「あ……」 「熱いな」  爪が消えた。白みのある液体とは反対に、中に呑まれていく。控えめに開花し、また萎む。繰り返す。少しずつ青藍の妖艶な指が短くなっていく。 「ぁう………んっ、」 「ここも突かれたのか。お前の弱いところだ」 「ぅ…………ンぁあ、」 「答えろ」  青藍の凍り付くような美貌が少年の乱れた髪に埋まっていく。 「はぅぅ……っ、は、い………」 「ここを突かれたなら、当然、お前は気をやったな?」 「はい………っんン」  野州山辺の次男の指が長くなっては短くなる。水気を含んだ音がたつ。掻き混ぜ、抜き差しされ、捲られ、指が抜けた。第二関節まで濡れて光る。白いものが混じってもいた。 「躾けてやる」  彼は山鳩を下ろした。尻を叩き、咲桜たちの潜む押し入れの傍の柱に立たせる。 「いけませ………あんっ!」 「俺のでは不満か?」  影が重なった。乾いた音がぶつかる。水気を含んだ音が鳴り、短く途切れた高い声がひっきりなしに上がった。 「ぁっ、あっあっあっ、!」 「熱くて溶ろけそうだ。あの男に抱かれてそこまでヨカったのか」 「わ、かさま、あっ、んんっ!」  乱暴な淫交だった。それでいて山鳩は健気だった。立ったまま上体を柱に縫い留められ、突き出した下肢は容赦のない腰遣いが待っている。甘え媚びる掠れた声音が火子にも届いているのを咲桜は歯痒く感じた。 「青藍(あおい)と呼べ」 「あおいさま、あおいさま、あっあっあああ!」 「あの男のもとに行きたいか?」 「あおいさッ、あンっあぅう!」  着流しに覆われた腕が少年の前に回った。影が上下に動いた。山鳩の足が動き、その真後ろの成熟した大人の足も後を追う。 「あの男と夫婦(めおと)みたいに寝たい?」 「あおいさま、あおいさまぁ!」 「あの男は優しかったな。お前を意中の娘みたいに抱いて、お前は本気にしたみたいに甘えていたな」 「ぁ!ぅう、あおいさま、だめです、あおいさま、もぅ、あっ、あぁ……!」  山鳩には主人の言葉を聞いている余裕など無いようであった。衣擦れの音と肉が打ち合わされる音が短い間に集中して起こった。 「あの男の種なんて掻き消してやる」 「だめで、す…中はダメです、中は、もぅ……汚れ、て………」 「中に出させろ」 「んっあっぁっ、な、かに……お出し、くださ、あぁぁぁァ、!」  ふたつの陰が止まった。蛹のようになっている。 「ん……んんッ」 「舌を出せ。吸ってやる」 「あ、おい………さま、」  咲桜は掌に水気を感じた。汗ではない。火子の存在を思い出す。彼女の視界を塞ぎ、押さえられていた腕を放した。爪を立てられている。皮膚が痛んだ。 「お前は俺の人形だ、翠鳥。離さないからな。あの娘子と逃げようなんざ考えるな」 「は………い、青藍様………」 「翠鳥、おいで。掻き出してあげるから」 「お手を、汚して、しまいます…」  火子は咲桜を振り返り、まだ汗も清めていない胸元に飛び付いてしまった。彼女の肩や背を摩る。 「あの男の種を残しておきたいのか!翠鳥、翠鳥!お前は、俺のものだ!」  冷静沈着で愛嬌のない次男からは想像もつかないほど直情的な怒りを持って彼は怯えている少年を畳に引き倒す。咲桜は火子の耳まで覆ったが、おそらくこの後の悲鳴と嗚咽、怒号と罵声は届いていた。  2人が押し入れから出られたのは青藍が散々に少年を甚振り、服従を誓わせ、抱き上げてどこかへ連れて行った後だった。火子は茫然自失として、咲桜は彼女の肩を抱いて部屋を出た。父親に任せてしまおうかとも思った。 「あたくし、叔父兄(おじにい)様と翠鳥がああいう関係にあるって、知ってましたのよ」  彼女はぼんやりとした調子で口にした。 「翠鳥って山鳩クンのことなん?」  彼女の細い顎が下に落ちた。咲桜の力の向く方にただ足を出している。 「下人には贅沢な名前だって叔父兄様がおっしゃったの。だから山鳩だなんて名前を使って……なのにあの人!どの面下げて!」  人の変わったような義叔父と幼馴染だった使用人の痴情を前に気が触れたのかと疑うほどに空虚だったが火子は突然憤激した。 「翠鳥に会いに行きます!」  咲桜は彼女の前方を塞いだ。しかし曲がり角から来ていた者にぶつかる。 「おお、すまない。陸前くん」  屋敷の主人だった。高いところにある目が咲桜と火子を順々にみる。 「調子はどうかな」 「何かありましたの?」  親子に挟まれ苦笑した。巴炎の目に、言いようのない妖しいものが灯っていた。咲桜は怯む。 「ちょっと風邪っぽかったんだけど汗かき療法ってやつでばっちり!すみませんね、旦那。年頃の娘さんの前でこんな格好」  火子は眉を顰めた。父親のほうはまるで気にした様子もない。 「それなら風呂に入るだろう?」  風呂場はおそらくすでに使っている者たちがいる。 「川に水浴びでも行きますよ。ここに来たときに見かけたんで」 「1人で行くのは危ない。誰か一緒なのか」  一度火子をひょいと見た。彼女は渋い表情をしている。 「旦那行きます?」  彼は厚みのある唇をわずかに開いた。 「鬼雀茶(きがらちゃ)衆を付け差し上げますわ」  父親が何か言う前に火子が遮った。

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