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二人の初夜の話(2/2)

「……お待たせ、しました」  寝室に入ってきた真は幾分か疲れた様子で、顔を真っ赤にしながらそう呟く。顔を上げた先にいた眼鏡を外した素顔の拓兎は少し目を細め、口を結んでいた。目元にかかるフレームがないせいか、いつも以上にまつげが長く見える。おとぎ話に出てくるお姫様のような美しさと儚さだ。物憂げに見つめられた真は思わず胸元を掴んで飛び上がってしまった。 「どうした」 「い、いや別に、」 「大丈夫か。かなり、疲れているみたいだが……いや、荷物片付けたり掃除したりで朝から動きっぱなしだもんな。疲れない方が無理な話だ。やっぱり、今日は止めてまた別の日に、」 「い、いやだ」  自分でも驚くほど勢いよく喉から飛び出した言葉。恥ずかしくなり何故か誤魔化そうと声を出すが、ベッドの方から聞こえた笑い声で真は口を閉じた。先ほどまで悲しげな表情をしていたはずのお姫様のような拓兎はもうそこにはおらず、いるのは至極よく見慣れた王様――もしくは悪魔――の顔をした拓兎だった。 「そう。じゃあ、やろうか」  笑い声を孕ませながら拓兎は腕を広げる。それに恥ずかしさやら怒りやら悦びやら色んなものが混ざり合って倒れそうになった真は、ふらふらと拓兎の方へ近づくと、そのまま彼の胸の中へ飛び込んだ。顔を埋めた胸元から香水に少し汗が混ざったような匂いがして、途端に頭がクラクラと揺れ始める。  不意に目線が混ざり合えば、何の言葉もなく唇が交わる。真が躊躇いがちに舌を突き出せば、拓兎が容赦なくそれを吸い上げた。  溢れ出す蜜を貪り合えば、次第に思考は蕩け、熱が増していく。着ていたシャツに、じっとりと汗が滲み、二人は互いのシャツに手をかけた。上着を脱ぎ捨てると、口づけを交わしあいながらベルトへと手をかける。興奮が故におぼつかない手つきで、指をもつれさせ、やっとの思いでベルトを外せば、直ぐにチャックに指が伸びた。 「待て、下は自分で脱ぐ」 「わ、わかった……あの、たく、」 「脱がせて欲しいんだろう? 仕方が無いな。ほら、仰向けになって。そうだ。足はそのままで」  拓兎に言われるがまま、彼がズボンを脱がしやすいように足を閉じ、腰を僅かに浮かせる。こちらに足を向けながら、急かすように、強請るように目を潤ませる真に拓兎は生唾を飲むとゆっくり真のズボンに手をかけた。 ――拓兎の手、震えてる。  もう蕩け始めている思考の中でそんなことを思うと、急に火照った下半身を冷たい空気が包み込む。それに身体を震わせると思わず口から息が溢れた。 もう身体に感じるすべての刺激が官能を刺激する。熱っぽい瞳で愛する恋人を見れば、彼はにわかに眼を細めた。  自分も下着を脱ぐと、拓兎は真の上に覆い被さる。グッと互いの顔の距離が近くなり、視線と息が交わった。肌に触れる息の熱さだけで溶けてしまいそうだ。    ゆっくりと唇が重なる。唇を割って侵入してきた拓兎の舌先を真は快く受け入れると、躊躇いがちに舌先を絡ませた。  拓兎の両手で強く耳を塞がれると、口の中を蹂躙される音が鮮明に脳に響く。粘っこく淫らな水音が脳を犯す。透明な糸を垂らしあいながら唇を離せば、真の口から溢れる息には僅かに艶の音が混ざり始めていた。 「可愛いな。もう、そんなんだったら、こことか、触ったらどうなるんだろうな?」  拓兎の白く細い指が真の後ろへと伸びる。くるくるとわざとその場所を避けながらに這う指に、真は短く声を上げた。頬が上気し、甘く蕩けた瞳で拓兎を見つめる真の中にはもう恥という言葉がなくなってしまっているようで、拓兎の指をそこへと誘導するかのように腰を卑猥に動かしている。予想外な行動に拓兎は笑い声を漏らすと、空いた方の手で真のふわふわとした黒髪を撫でた。 「たく……っ、あ……早く、はや、ッく、ちょうだい」 「まーだ。久しぶりだからたっぷり堪能させろ。それに、真も色んなところいっぱい触って欲しいだろう? こことか」  「ほら」と熱っぽく耳元で囁くと、拓兎は真の胸元へ両手の指を滑らせ、もうすでに堅くなっている突起を柔くつまみ上げる。痛み以上に脳を痺れさせる快感に真の身体が跳ね上がった。  その様子を楽しみながら、今度は唇を喉元から胸へ這わせ、弄っていた乳首の片方に口を寄せる。ツンッと主張をするそれを優しく舐めてから吸い上げる。口の中でリズムを付けて噛んでやればその度に甘い声が鼓膜を震わせた。 「あッ、あアっ、ん……」  心地のいい快楽に、真は身体をくねらせる。自分の胸に噛みつく拓兎の表情を見るとそれだけで身体が熱くなった。  ドクドクと音を鳴らしながら熱い血液が一カ所に溜まっていく感覚が気持ち良くてもどかしくて。ゆっくりとそこへ手を伸ばそうとすると、拓兎の顔が胸元から離れた。そのまま、身体を少し起こすと、真が触れようとしていたソレへ自分のものを重ね合わせる。 「やッ……それ、やめ、て、」 「止めて? どうしてだ? お前好きだろう。こうやって、さ……一緒に擦られるの」  拓兎の手が二つの熱を抱きかかえたままにゆっくりと上下する。優しく焦れったい愛撫に熱はどんどんと膨れ上がっていった。ドクドクと脈打つ先端から溢れ出した先走りが拓兎の指に絡まるとそこから卑猥な水音が溢れ出してくる。 「いっぱい溢れてきたな……気持ちいいだろ? ほら、ちゃんと言ってみろ。気持ちいいって」 「ん……ッ、きもち、いい……」 「はは……可愛い。ちゃんと言えた真にはご褒美をあげないと、な」  語尾をやや強めながらそう言った拓兎は急に指を動かすスピードを速めた。互いの粘液が泡立ちながら混ざり合う。痙攣に合わせて真の声が高くなる。絶頂が近いことを察して、拓兎は真の耳元に唇を寄せた。 「ほら……イッていいぞ」  熱っぽい吐息が混ざった拓兎の低く甘い声。それに鼓膜を撫でられた真は目を見開きながら身体をのけぞらせた。声にならない悲鳴が喉から溢れるのと同時に朱色に染まった腹の上に白い液体が吐き出された。  久しぶりに味わう深い快感。ゆっくりと切なく引いていく、ゾクゾクとした悦を味わう様にゆっくりと肩で息をする真はあることに気がつき眉を顰めた。 「たくと、イッてねぇ、の?」  依然重なり合ったままの拓兎のソレはまだ熱を燻り続けている。顔をのぞき込んだ先に見えた拓兎の口元はいつも通りに余裕綽々な笑みを浮かべていたが、その眉は険しく顰められていた。 「たくと、つらそう……なぁ、たくともイこう……?」 「こら、触るな。どうせイくなら、お前の中でイきたいんだ」  「わかるだろう?」と嬌笑した拓兎は、互いのものを握りしめていた手を離し、一度体勢を整える。そして、じわり、じわりと真の脚を広げていった。それだけで真は腹の奥が、あるはずのない器官が切なげに鳴く様な感覚に襲われる。 「ほら、膝曲げろ」 「ん……」 「そう。良い子……脚このままにしていろよ。閉じたらダメだからな」  拓兎の言葉に強く何度も頷く真の頭を優しく撫で、そのまま枕元へ準備をしていたローションの入った容器とコンドームを手に取った。  期待と興奮で無意識のうちにヒクつく後孔にローションにまみれた拓兎の指が当てられる。その冷たさに息を呑めば、ゆっくりと、じっとりと拓兎の指が中へと入り込んできた。 「中、いつもより柔らかくないか」  「いつも」と言っても、最後に彼のそこに触れたのはもう七年近く前になってしまうのだが。そんな感傷に一瞬足を浸けた拓兎に真は小声で「さっき、ならしたから」とだけ呟く。その健気さに拓兎は身体の内側で湧き上がる歓喜が抑えられなくなり、笑い声を上げて何の予告も無しに真の内側にあるしこりを押し上げた。  驚きが故に上げられた真の声は、ぞわぞわとした快楽とともに次第に嬌声へと変わっていく。快感を逃がそうとしているのか自分の髪の毛を掻き乱しながら喘ぐ真に拓兎はうっとりと瞳を蕩けさせた。  「かわいい」と何度も笑いを含ませた声で唱えながら、拓兎は一度中指を引き抜いてから次は薬指を一緒に中に入れる。まさぐり当てたそこを二本の指で、それぞれ違う強さで押し上げ、叩けば、その度に真の身体と声が跳ね上がった。  ぐちゅりと音を立てながら指を引き抜いてさらに人差し指を入れ、今度は入り口ばかりを愛撫してやる。突然与えられなくなった悦に真は甘い泣き声を上げて腰を揺らした。  「欲しい」「頂戴」と何度も懇願する真に美しい悪魔は赤い舌を覗かせて笑いながら埋めていた指を引き抜く。そして、口にコンドームの入った袋をくわえるとそれを片手で引き裂き、もう片方の手で自身を支えながらコンドームをゆっくりとそこへ被せた。  その一部始終を見ただけで飛んでしまいそうな意識を真は何とかこちら側に留まらせる。そして、ふうっと息を吐きながらさらに脚を広げ、散々ならされ緩んだ後孔を自分の指で開いた。普段の真からは考えられない大胆な行動。それに拓兎は唯呆然と目を丸くした。 「マジ? なんのサービスだよ、それ」 「……? だめか?」  気分が高揚しすぎたせいか、あまりにもはしたない行動をしすぎただろうか。そう思うと急に恥ずかしくなって目を伏せた真に拓兎は粘っこく「いや、」と首を振る。 「最高にイヤらしくて大好きだよ♡」  天使と呼ぶにはあまりにも淫らで、悪魔と呼ぶにはあまりにも清純な笑みを浮かべ、拓兎は真の僅かに開かれたそこに自分自身を押し当てた。小さく上がる悦びの悲鳴。それが拓兎の胸をぎゅっと興奮で締め付けた。 「力抜いて……痛かったらちゃんと言うんだぞ」  気遣っている様な台詞をいいつつも、言葉を言い終わらないうちに拓兎はゆっくりと真の体内に入り込んだ。ずっと待ち焦がれていた感覚。想像していたよりも遥かに、圧倒的な存在感がじりじりと腹の奥へ忍び寄ってきた。  正直、快楽よりも先に圧迫感と苦しさに支配される。しかし、その痛みさえも拓兎から与えられたものであると考えれば愛おしくて仕方が無かった。  拓兎が苦しそうな声を上げ一押しする。それに併せて真が声を上げれば、拓兎は動きを止め、大きく肩で息を繰り返した。溢れた汗が腹に落ちる。その刺激にさえ真の身体は震え上がった。 「わかるか? 全部はいったぞ」 「ん……っ、あ、たく……」 「苦しい?」 「う、んン……、くるし、けど、」  真が震える腕を伸ばして拓兎の首へと絡ませる。真に導かれるまま身体を倒した拓兎の耳たぶに唇を寄せると真は掠れた声で囁いた。 「動いて、ほしい……いっぱい、あいして、ほしい」  ぎゅうっと真は腕と内壁で拓兎を締め付ける。ドクンと全身が音を立て、拓兎は自分の中で何かが壊れる音を聞いた。  苦しそうな笑い声。それを合図に、拓兎は真の耳元で「力抜け」と小さく囁くと、ゆっくりと腰を引き、勢いよく真の中を突き上げる。真が悲鳴を上げたのを聞き届けてから、拓兎はもう一度同じように動き、次第にその動きを早めていった。  腹の奥を何度も突き上げる。動きに合わせて溢れる声は艶っぽく、至福が故の笑いが滲みだした。嬉しさのあまりに涙が溢れ、枕を濡らせば僅かに開いた、弧を描いた口から何度も同じ言葉がこぼれ落ちる。それをすくい上げる様に拓兎も同じ言葉を真に注ぎ続けた。  言ってはいけないと思っていた言葉。  持ってはいけないと思っていた感情。  彼からこの言葉を捧げられる人間が自分でなければ、どれほど良かっただろうと、どうして、彼が選んだのは自分なのだろうと何度も、何度も頭の中で自分を殺し続けた。 許せなかった。  罪を背負ってもなお彼に愛される自分が。  彼を愛そうとする自分が。 ――あぁ、そうか、「かみさま」なんて、はじめからいなかったんだ。俺を赦してくれなかったのは、俺を、責め続けていたのは、「かみさま」なんかじゃなくて――。  思考の海に浮かんでいた真の意識が、込み上げる快感に引っ張られ不意に、現実へ戻ってくる。それと同時に、何処か深い闇へ堕ちる様な、雲の上から転落する様な感覚に陥り、真は拓兎の背中に爪を立て、離れない様にと腰に脚を絡ませて喘いだ。 「たく、こわ……いっ、おちちゃ、ッあ、ぅ」 「いい、よ。堕ちて。俺のいるところまで、堕ちて、来て」 「う、ん……ッ、ア、ぁ、も……もう、ダメ、イッちゃ、う、イ、クぅ」 「わか、った。イこうな、一緒に!」  身体を抱きしめ合い、唇を絡め合えば、どこからどこまでが自分なのかさえわからなくなる。高まる熱が身体と思考を溶かし、全てを溶かしきった先にある快楽の一番核の部分に優しい熱が触れた瞬間、全てが弾けた。  二人同時に白い世界へ飲み込まれる。大きく口を開き、失いかけていた酸素を目一杯に吸い込むと、暗くて眩しい世界が次第に輪郭を取り戻し始めた。溶けていた心と体が形を取り戻す。  まだ熱が冷め切らない目と目で見つめ合う。幸せなんて言葉じゃ収まらない幸福感に溺れたまま、二人は微かに笑い合い、また唇を重ねた。  「好き」と。「愛している」と、何度も言葉を挟みながら。 「ん……」  声を漏らし、真はゆっくりと目を開いた。  見慣れない天井。肌に感じる柔らかいシーツと毛布の感触。  気怠く、ぼんやりとした熱に包まれる身体を起こして当たりを見渡せば、短針が九を、長針が六を指している黒の目覚まし時計が目に入った。心臓がぎゅっと握りつぶされる。慌ててベッドから飛び起き、寝室から飛び出ると、卵が焼ける甘い匂いが鼻腔に飛び込んできた。 「おはよう、真」  キッチンの方からする拓兎の声に、やっと目が覚めた真は胸を撫で下ろし、額に滲んでいた脂汗を拭った。そこで、ふと見下ろした自分の下半身が丸裸であることに気がついて、顔を赤くしそのまま寝室へと帰っていく。その様子を拓兎は唯、ニヤニヤとしながら見送った。  しばらくして、愛用の黒いタンクトップの上から拓兎の私物である白いパーカーを羽織り、セットのハーフパンツを身に纏った真がリビングに姿を現すと、そこにはテーブルの上に料理の載った皿を置く拓兎の姿。艶やかな白米、綺麗な形の卵焼きに、綺麗な焼き目がついた鮭の切り身、わかめと豆腐が入った味噌汁が並ぶ様子を眺めていると、淡く微笑む恋人と目が合った。 「ほら、いつまでも立っていないで座れ」 「お、おう……」 「それとも、腰が痛くて座るのが辛いのか?」 「……馬鹿」  そう言いつつも、その痛みさえも嬉しくて、真は静かに席に着くと正面に拓兎が座ったのを確認し、ゆっくりと顔を手を合わせた。 「いただきます」 「いただきます」 「……どうした」 「いや、こうやって、ゆっくりと食事をするのは久しぶりだなって、思って。仕事してた頃は、「いただきます」もまともに言えてなかったし、最近もしばらくは、食べるって、俺の中では作業だったし」 「そうだな……固形物がまともに食える様になったのも、つい最近だもんな」 「うん……拓兎が作る卵焼き、相変わらず美味しい」 「だろ。好きだもんな、お前。俺の作る卵焼き」 「……うん……ふふ……好き」 「えー? なんだよ? そんな、笑って」 「拓兎だってニヤけてるし」 「そりゃあ、ニヤけもするだろう。幸せで仕方がないんだから」 「……そうだな」  幸せ。幸せ。その言葉が咀嚼して嚥下する度に腹へと溜まっていく。 「……好きだなぁ」 「その味噌汁の味が?」 「この味噌汁の味も、卵焼きの味も、焼き鮭の味も、ご飯の味も、お前のことも、全部好き」  耳を真っ赤にしながら真はそう呟き、白米を口へ運び続ける。その様子を愛おしそうに眺めながら、拓兎は無言で味噌汁を啜った。

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